さようなら、いままで魚をありがとう

銀河ヒッチハイクガイド3部作が大ヒットしたので、エージェントや出版社からのプレッシャーにより3部作の4作目という謎の位置づけの本作品が出たそうだ。
さようなら、いままで魚をありがとう (河出文庫) (文庫)
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しかし、「ぼくは締め切りが好きだ。びゅーんと来て去っていくあの音がいい」という名言を残し、「収録の四日前にまだ八枚しか書けていなかった。収録日までにかならず完成させるとダグラスは約束したが、当日になってみたらその八枚が六枚に減っていた」といわれるほど締め切りが守れないことで有名なダグラス・アダムス。この作品も突貫工事でいろいろとめちゃくちゃになったらしいけど、なかなか楽しめた。

なにかで読んだのだが、エスキモー語には雪を意味する言葉が二百以上もあるそうだ。そうでないと会話がおそろしく退屈になるからだろう。
〜略〜
ロブ・マッケナは、二百三十一種類の雨を区別して小さな手帳に記録していた。そしてそのすべてが気に食わなかった。
〜略〜
トラックが進むにつれて、雨雲もそれを追って空をずるずると移動していく。というのも、本人は知らなかったが、ロブ・マッケナは雨の神だったのだ。彼にわかっているのは、仕事に出れば毎日憂鬱だし、休日はなにをやってもいつも台無しということだけ。
〜略〜
「おれの女房だってそうだ」<マッケナ全天候運送>の社長兼ただひとりの運転手は、歯ぎしりするように言った。「そんなことあるわけないってあいつも言うよ、おれがばかな愚痴ばっかこぼしてるってな。だけどな」彼は思い入れたっぷりに間を置き、突き刺すような視線を向けてきて、「これから帰るって電話すると、かならず洗濯物を取り込むんだぞ!」彼はティースプーンを振り回した。「こりゃいったいどういうことだよ」
〜略〜
いいか、今年マラガに近づかないでくれたら、旅行会社がそいつにいくら払うって言ってるか知ってるか?サハラ砂漠を灌漑するとかそういう退屈な話はどうでもいいんだ、そいつの前にはまったく新しい人生が開けているんだよ。ただどっかに行かずにいるだけで大金が転がり込んでくるんだ。
〜略〜
「残念ながら、現時点では"雨の神"という名称についてはコメントできません。われわれは、"自然発生的超因果気象現象"の一例と呼んでおります」
「それはどういう意味ですか」
「わたしにもよくわかりません。正直に言いますと、理解できない現象が見つかった場合は、意味がわからないどころか読み方もわからない名称をつけることになっているのです。つまり"雨の神"というような呼称が広まってしまうとですね、我々の知らないことを一般の人が知っていることになってしまって、それはいささか具合が悪いわけです
ですから、まずわかっているのはこっちだと示すために名前をつけて、それが一般の人々の言っているようなものではなく、われわれの言うようなものであることを証明する方法を見つけにかかるわけなのです。」

この雨の神の話はサイドストーリーとして断片化されて挿入されているんだけど、斬新な設定で皮肉が効いていて面白い。雨男とイギリスの天候も関係あるだろうけど、雨を区別するとか、雨雲が追いかけるとか、どっかに行かないことを求められるとか、発想が面白い。ネーミングについては、くだらないことで権威を保ちたがる人を痛快に皮肉っていて良い。くだらないことにこだわる人間には、こんなふうに大げさに対応すればいいのかって思った。

「どんな文明でも、爪楊枝のケースに詳しい使用方法を書くほどになったら、もうまともな頭をしているとは言えない。そんななかで暮らして正気を保つことなんかできないよ」

まともじゃないことは、きちんとそう指摘しないと、いつまで経っても変わらない。木を見て森を見ずになっていることとか、部分最適にこだわりすぎて全体最適が見えていないこととか、つぎはぎだらけでそもそも何をしたかったのかわからなくなってるものとか、まともじゃないことは指摘して改善していかないといけないんだろうな。
そんな感じで本筋とは全然関係ないところばかりをとりあげたが、本筋は本筋で楽しめるものだった。いろいろな読み方ができる楽しい作品である。