宇宙を織りなすもの

身近な疑問から始まって、宇宙の起源、最小構成要素、ワームホールなどなどかなり突っ込んだところまで詳しく解説した本。

宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 上

宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体 上


これを読み終わった今、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で何をしようとしているのかや、先日のフェルミラボでの発見が何だったのかといった問題が少し身近に感じられて、正直わくわくしてきている。
量子力学の基本的なところと、相対性理論の基本的なところと、ビッグバン、インフレーション理論の基本的なところはわかっていたが、素粒子論も超ひも理論も全然わかってないという状態で読み始めた。こんなに面白いものをこれまで見逃していたのかと思ってしまうくらい面白かった。

私たちは、時間の流れに向きがあるのは当たり前だと思っている。卵は割れるが、割れた卵が元に戻ることはない。ロウソクは溶けるが、溶けたロウは元通りの形にはならない。記憶は過去についてのものであり、未来のことを覚えている人はいない。人間は年を取るばかりで、若返ることはない。人生はかくのごとく、過去と未来との非対称性に支配されている。時間の前方と後方とを区別することは、私たちが経験するこの宇宙にそなわるごく一般的な性質なのである。
右と左、前と後について存在するような対称性が、過去と未来の間にも存在すれば、世界はめちゃくちゃになってしまうだろう。
・・・
しかし実際には、過去と未来とが対称的な宇宙は、私たちの住むこの宇宙ではない。では、時間の非対称性はどこから来るのだろうか?時間の性質のなかでもっとも基本的なこの性質は、何によって引き起こされているのだろうか。
実は、広く受け入れられた既知の物理法則によれば、過去と未来との間に非対称性があるようには見えない。物理法則は、過去に向かって流れる時間と、未来に向かって流れる時間とを区別しないのだ。

これが時間の矢と呼ばれる問題である。当たり前というのではなく、なぜだろうと掘り下げていくという姿勢をこの本が思い出させてくれた。そしてこのファインマンの言葉は、物理の面白さを思い出させてくれた気がする。

ファインマンはこう書いていた。物理学者である自分は、みんなと同じように薔薇の香りや美しさを経験することができるし、物理学の知識はむしろその経験を著しく豊かにしてくれる。なぜなら、薔薇の香りや美しさの基礎となっている分子や原子の階層プロセス、あるいは原子より下の階層のプロセスの不思議さや偉大さを理解することができるからだ、と。・・・頼りにならない人間の五感でたまたま知りえたことだけでなく、可能なかぎりあらゆる階層で人生を評価し、宇宙を経験したかったのである。

この本で初めて知ったことはいろいろあったが、詳細についてはまたの機会に書こう。

読んである程度理解してからこの動画をみると、この施設のすごさを実感した。