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18世紀のカツラの話が面白い

夏目漱石の文学評論を読んでいるのだが、なかなか興味深い話が出てきたので書き残しておく。この文学評論は18世紀の(追記:英国)文学がテーマなんだろうが、当時の慣習などの背景も述べておくとかいって文学の前に(追記:当時の英国の)いろんな話が出てくるので面白い。

第一に妙なのは彼らが自然の毛髪を立派に所持しながら、鬘を拵えて被ったことである。ご承知の通りこれは禿を隠すための道具でも何でもない。
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しかも女の髷のように、身分に応じてそれぞれ特別の鬘があったらしい。だから医者の鬘は一見して医者のだと見当がつく。法律家の鬘はすぐ法律家のだと合点が行く。しかも同じ法曹社会の鬘でも被り手の位置階級によって各その類を異にしたという話である。
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鬘の種類を挙げて見るとstory wigs, bob wigs, riding wigs, busby wigs, scratch wigs, bag wigs, brown George wigs, nightcap wigs,periwigs, tie wigs, queue wigs, brown bag wigs, grizzle majors, grizzle tiesいくら書いても書ききれないほどある。閑があれば十八世紀の鬘という論文を書いたら可かろうと思う位出て来る。

こんなにたくさんの種類の鬘があるんだなと思った。これは一つの文化の形なんだろう。

こう色々な種類が出来て世間一般が鬘を被るとなると、鬘は袂時計とか宝石入の指輪以上に需用が多くなるのは必然の勢である。したがって鬘泥棒が出来る。立派な鬘を被って揚々と歩行いて行くと、後から行って、いきなり突き飛ばして置いて、鬘を攫って逃げて行く。

この光景は想像しただけでも面白すぎる。滑稽というかなんというか。

こういう仕儀だから鬘師は立派な商売の一つになっていた。ある時ふとした流行から鬘を被らずに地髪で人が出歩くようになった事がある。すると鬘師に大恐慌が来た。彼らは直ちに時の国王に嘆願書を差し出して、どうか陛下の臣民が故の如く鬘を被るように御取計を乞うと申し立てた。その後この事件はどう片がついたか知らない。

ブームが終わると一気に大恐慌。昔も今も大して違いはなさそうだ。国王に嘆願書を出した鬘師を笑えない人というのは、けっこうたくさん居るような気がする。
一つの文化が始まって、終わり、その間でいろんなことが起きる。細かい所はいろいろと違うのかもしれないけれども、本質的なところでは、ほとんど違わないのだろう。本を読んで昔の事を知ると、そんな情報が入ってくるので面白い。

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夏目 漱石
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