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イノベーションの達人

IDEOの本だ、面白そうと思って買ったものの数年間ずっと読まずにいた本。でも実務経験を何年か積んだ後だからわかることってのは思いのほか多く、今だからこそ見えてくる視点があり、非常に楽しめた。

毎日多くの新しい有望なアイデアやコンセプトやプランが出てきても、それが花開く前に、天邪鬼によって芽のうちに潰されてしまうのである。

プロローグに出てきたこの記述は耳が痛い。今後は他人のアイデアを潰さないように心がけたいものである。

事業のあらゆる側面に、関与するメンバー一人一人に、すなわち全方位にイノベーションが必要なのである。ポジティブな変化に全力で取り組める環境を築き、創造と刷新に溢れた文化を築くということは、あらゆる角度にイノベーションが浸透した会社を作ることにほかならない。

イノベーションという言葉が氾濫する前からこのような考え方を重視してきた会社なので説得力がある。ただこれはイノベーションの本ではない。「新しいアイデアの実施を通じて価値を創造する人びと」に関する本である。人が演じられる役柄、引き受けられる役目、採用できるキャラクターについての本である。

本書の中心部分となる10個の章は、人を中心とした10個のツールを取り上げている。

  • 人類学者
  • 実験者
  • 花粉の運び手
  • ハードル選手
  • コラボレーター
  • 監督
  • 経験デザイナー
  • 舞台装置家
  • 介護人
  • 語り部

人は複数の役割を引き受けられる。チームの一人一人に一つずつキャラクターを割り当てる必要はなく、もちろんすべてのチームにすべてのキャラクターがいるとは考えにくい。…プロジェクトを次々とこなしていくうちに、あなたもおのずと二つや三つのキャラクターを演じるようになっているかもしれないのだ。

こんな感じでキャラクターそれぞれを実例とともに紹介していて非常に楽しめた。例えば人類学者の項目では

映画とニューメディアでの経験を持つロッシは、カメラを抱えて病院の一室に入り込むことに決めたのである。患者と病院側の了解を得て、ロッシとカメラは人工股関節置換手術を受ける女性の所に引っ越してきた。ロッシはビデオカメラを部屋の隅に設置して、48時間通して毎分数秒間テープを回した。すべてを直接自分で経験するために二日間その部屋に張り込み、ときどきベッドの隣のリクライニング・チェアで短い仮眠をとった。

低速度撮影のビデオがとらえたものは、患者の病室に絶え間なく入ってくる邪魔だった。電灯がついたかと思えば消え、ドアが開け放され、外の廊下の騒ぎが飛び込んでくるかと思えば巡回の看護婦がやってくる。

という具合に徹底的な人間観察の様子が伺える。趣味が人間観察と主張する人はこのくらいやってほしいものだ。Eat your own dog foodを徹底するだけでも物事が大きく変わりそうだが、人類学者はその上を目指す。顧客に尋ねるだけでなく、自分の直観に耳を傾けることによって推論を導き出す。

どこに改善や調整が必要か聞くことによって躍進の手がかりが見つかる可能性はほとんどない。おそらくそれは、あなたの顧客が考えたこともないところにあるだろうから。

ここに紹介しきれないくらいたくさんの魅力的な事例がカラフルな図版や写真とともに出てくるので非常に読むのが楽しかった。紙一枚のプロトタイプとか、背面跳びとか、intuitのブログとか、コンサルティングフィーがビールの現物支給とか。どれもこれもキーワードとしては既にありふれているものかもしれないけど(日本語訳が2006年に出てるし)どれもさらに一歩深く踏み込んでいる。単に奇を衒うのではなく深い洞察に基づいたものだから、全然古びた感じがしない。ほんと中身がない本を10冊読むくらいならこれを10回読んだ方がいい。

イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材
トム ケリー ジョナサン リットマン
早川書房
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