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情報共有の未来

読書

おそらく2005年頃からブログを読ませていただいているのだが、いまだに何をしている人かよくわからないyomoyomoさん。雑文書き、翻訳などがMakeの紹介文にあったと記憶しているが、とにかくいろいろな分野に対して造詣が深い(褒めてます)。そんなyomoyomoさんのWired Visionでの連載が、達人出版会電子書籍になったので読んでみた。


単に4年間の連載をまとめただけでなく、各記事に対して自らコメントを残しているのが非常に良い。動きの速いウェブの世界では4年も経てば新展開があるわけで(同じことを繰り返してるだけかもしれないけど)、(4年といえども)後世の歴史家の視点で当時を振り返るコメントがあると文章に新たに命が吹き込まれた感じがする。長く連載を続けるうちに、本質的なものは何か、普遍的なものは何か、という核心に迫っていくわけだが、一気に読むと非常に引き込まれるものがあった。
この本では、wiki、音楽、はてな、クリエイティブ・コモンズ、ブログ、本など様々な分野でyomoyomo節が炸裂しているわけだが、2回目に読んだときに自分が抜き出した部分に共通するキーワードは「自由」だった。

もし君たちが、自分自身の自由のために戦うこともできないというのなら ......君たちはその自由に値しない。(ローレンス・レッシグ)

ほんの少しの安心と引き換えにいちばん大切な自由を手放す人は、自由も安全も享受する資格がない。(ベンジャミン・フランクリン

そんなに自由は重要なのだろうか? 我々は自由を守ることに注力すべきなのだろうか?どれくらい自由であれば十分なのか?

それならiPadがもたらすであろう「利便」は、「自由」の価値を凌駕するのか──ワタシは口ごもってしまいます。

私たちは今や十分に自由だ。少なくともそんな気はする。喜ばしいことである。しかし、それは持続可能なものなのだろうか? 私たちは本当に自由になったのか?

iPadラッダイトというニコラス・G・カーの言葉を引き合いに出して、物事の両面を見てバランスを取りながらそんなに簡単に割り切れるもんじゃないよという感想を述べるyomoyomo節は、どことなく庶民的で読み手を安心させる何かがあるように思えてならない。歯切れの良い極論ではなく、中庸の大切さを思い出させてくれる。

インターネットでは「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」が問われると言われ、ワタシも基本的にそれに賛成なのですが、そういうワタシにしても特に注意してその言説を追う識者がいるのも確か

原則論としてそうなんだけど、現実は、、、というとても人間臭い感じが随所に出ていて、とても楽しめる本であるし、それだけでとどまらず、sustainableとgenerativityという2つのキーワードに注目しているところが非常に興味深かった。

それともう一つ、ぼくは自由とかの話はあまりしたくないのだ。 別にぼくだって、ゆずりあいと共有に基づく社会がいやだと言うんじゃない。でも、自由のためにオープンソースを使っていただく、というのは変だと思う。オープンソースはそれ自体メリッ トのあることで、だから採用しましょう、というのをきちんと説得できなければ、絶対に行き詰まるよ。だってそうでないとしたら「オープンソースは実はダメなんだけれど、自由な社会のために我慢して使ってください」ってこと? ダメダメ。そんなのSustainableじゃないでしょう。そしてぼくは、オープンソースはそれ自体で理にかなったものだと思っている。そうじゃなきゃ こんなのやらないよ。(エリック・レイモンド)

シリコンバレーが考える創造性とは、ジョナサン・ジットレインいうところのgenerativity のことだ。つまり、ある場所に集う人々が自発的に何かを行うような舞台をいかにして用意するか、そこに費やされる知恵こそが創造性だ。簡単にいえば、プラットフォームを作ることだ。加えて、generativityとは場の設定に関わるものであり、本質的に集団作業だ。

自分にはなかった視点や知らなかった情報がてんこ盛りの本なので、本に張られたリンクをたどりながら原典に当たってみる作業は非常に楽しかった。これぞ電子書籍の醍醐味と言えるのかもしれない。気がつけばこの過程でyomoyomoさんのブログ記事を大量にブックマークしており、これが孔明の罠かと読み終えてから気がついた。これも一つの情報共有のやり方なのかもしれない。

今回の震災から一月経って思うのは、情報共有は、逆説的ですが、我々がそれぞれ別個で独立した人間だから必要なのです。決して情報共有は、一つのスローガンによって全員を同じ方向に向けたり、一つの思想により特定の人たちをカテゴライズするためのものではないのです。

こういう情報共有のスタンスもいいなと思った。一見淡々と書いてあるようで、著者の人柄が様々なところに滲み出ており、それが心地よく読ませるものなんだろうなと思った。

どうしてワタシはウェブに雑文や翻訳を公開するのか。突き詰めれば「自分のため」という面白みのない答えになりますが、あえて他者への働きかけ、影響を考えるなら、「中間層への手助け」と言えるかもしれません。
翻訳などその際たるもので、梅田氏が言うところの「上の人」であれば、ワタシがやる程度の翻訳など必要とせず、そのまま原文で読んでいるはずです。しかし、翻訳であれそのコンテンツに触れることで有益な影響をもたらす層は確実にいるはずです。

優れた人たちの素晴らしい仕事をできるだけ格調高く賞賛する文章を書きたいと常々願っているワタシからすれば、そうした文章で連載をしめくくれたのはよかったと思います。

文庫版あとがき、ではなく電子書籍版あとがきであるが、非常に良くまとまっている。

インターネットは自由な場であってほしい、我々の生活をより豊かで便利にしてほしい、といったことをワタシを含む多くの人が願っています。ただ闇雲に自由や便利さを求めるだけでは先がないことも確かです。そのためにはインターネットという場が新しいエコシステムを許容する土壌を持たないといけないし、ただ個人の一種の狂気を賞賛するだけでなく、人や金といったリソースが回る仕組みを大事にしないといけないわけです。

そんなわけで、一度Wired Visionで読んだ内容なのに非常に楽しめる本だった。1ファンとしてyomoyomoさんの今後の活躍にも期待している。