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カーボン・アスリート

著者の山中氏のことを知ったきっかけはダイヤモンド社のLOOPという雑誌だったように思う。きれいな写真と、頭にすっと入ってくる文章が印象的だったデザインに関する連載を楽しみに読んでいた。その後、ブログを読み始め、骨展にも行き、今はtwitterでfollowしている。
いつもチャレンジングなものを作るし、文章も抜群にうまいので、この本も出たときからずっと読みたいと思っていた。LOOPの頃とは違い、大学の先生ということもあって、教育という観点が常に入っているのが興味深い。また、義足というまったく新しい分野にデザインを持ち込もうという試行錯誤が垣間みられて、これはデザインに限らず様々な分野にも当てはまると思いながら読んだ。
この本を読むまで、正直言ってあまりにも無知だった。義足を使って無理に走らなくていいじゃないかなどと思っていたくらいだ。義肢を使用している方々は、きっと日々そのような心ない言葉や態度に晒されているのだろう。

「走れるようになるとね、歩くのもずいぶん上手になるんですよ」と臼井さんが義足スポーツを推進する意味を語る。
義足スポーツの第一の目的は、リハビリの一環である。まずは体力をつけることが重要なのだ。切断者が普通に屋外で歩けるようになるまで、少なくとも二ヶ月、長ければ半年はかかるという。

歩くだけでもたいへんなのだが、あえてスポーツをすることによって、周囲の筋肉が鍛えられ、義足を使った体重移動が上手になり、楽に歩けるようになるのだという。ここに来ているアスリートたちのように、疾走できるようになるには、それでもたいてい二年はかかる。最近では成人病によって、足を失う人もいるので、そうした人たちの病気を進行させないためのダイエットという意味もあるようだ。

第三の目的は、精神的なノーマライゼーションである。言うまでもないことだが、四肢の切断によって大きな精神的ダメージを受ける。とくに若い女性の場合は、足を失うことからくる喪失感が大きく、自殺を考えるほど精神的に追いつめられる人も少なくないという。

ここの部分を読み、自分がいかに無知であったか知ることができただけでも、この本を読む価値があった気がする。攻殻機動隊のように義肢が当たり前になってくるとノーマライゼーションの問題も解決していけるんだろうな。ともかく義肢を少し身近に感じさせてくれる本だった。
しかし、そんなプロジェクトを進めていくのに並々ならぬ困難が伴ったのは想像に難くない。

小さく残った断端を動かしながら足の調子を語りあい、義足の工夫などを見せあう人々の中を通りながら、私は再び、ここに来てしまったことを後悔しそうになるほどのアウェー感におそわれて、立ちすくんでしまう。

そんな状態から始まって、いろいろと制約があるなかで補助金を取ってきたり、協力者を募ったりしながら、きちんと形になるところまで持って行くところはさすがとしか言いようがない。

「宝物を見つけたと思う。だれも手をつけていない宝石の原石のような物だ。私のこれまでの経験からすると、ここには輝かしい未来がある。だれもがデザインを必要としていることは明らかなのに、それにみんな気がついていない。もちろんそこにデザインを持ち込むのは簡単じゃないし、どうやったらデザインが導入できるのかもわからない。しかし、ほんの少し何かをすることができれば、歴然とした効果が現れるだろう。君たちは好運だ。こんな未開の荒野が広がっている光景が見られることはめったにない」

新しい分野で何かをすることを考えたときに、非常に参考になる記録だと思った。そして何より読んでいて楽しかった。なかでも最も印象に残っているのは、「ラビット」のコンセプトモデルの写真を見た高桑選手の言葉。

「一番に思ったのは、今までだれもやろうと思っていなかったんじゃないかということ。こんな発想があったんだと衝撃を受けました。板の色を変えるとかソケットの形状とか。板バネはその形だけで加工しなくてもかっこいいのに、そこに手を加えてこんなにかっこよくなるとは想像もしませんでした。これを履いてもらいたいという言葉と一緒にCGが送られてきたのを見て、すごくうれしくて、私でいいんですか?と思いました。この義足を履くのに恥ずかしくない選手にならないといけない。ひとつ目標ができた気がしました」

とてもすがすがしい気持ちになった。

カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢
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