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百年たっても後悔しない仕事のやり方

ライフネット生命の出口会長に会っている友人が大量にいるのだが、なかなかお目にかかる機会がない。

ライフネット生命というより、出口社長というオヤジが凄かった (前ふり): やまもといちろうBLOG(ブログ)

ただ、それ以上に、出口社長というオヤジが強烈でした。あの文面からは、なかなか伝えることの出来ないオヤジの持つ知性というか、問題意識というものが、生命保険という枠組みからはみ出していきました。私たちは何のために生きているのか、社会はどうあるべきか、政治ってのはどういう最低条件を満たすべき存在であるか、という社会科学全般の哲学の分野にまでオヤジが語り出すわけです。

こんなのを読むととても気になるわけだが、当方、シンガポール住まい。でも著書なら読める。そんなわけで読んでみた。

長期のプランが作れるということは、世の中のことが長期に、自分をめぐる運命のことまで含めて、読み通せるということと同義です。そのリスクを覚悟したうえで、長期プランを立てるのでしたら別ですが、そのことを認識しないままで、自分はこうありたいと思って右肩上がりのプランを立てるのであれば、それは絵に描いた餅になるでしょう。

キャリアプランに関して。先のことがわかるなんて言えない。

君がどう考えているか知らないけれど、ほとんどの会社というものは、みんな20-30%の力で働いているんだよ、平均してみるとね。だから、それを10%でもあげられればオンの字だと思わないと。8時間労働で、8時間ずっと緊張して仕事をするなんて、とても無理。せいぜいよくて半分くらいだよ。しかも週に5日間だ。まかり間違っても100%実力発揮なんて求めるなよ

非常に現実的な視点だと思う。

昔、仕事を一緒にした上司で、部下が報告をするといつも口癖のように、「誰の責任だ、誰がやったのだ」と叫ぶ人がいました。そうすると部下は起こられるのが嫌だから、上手に報告するようになります。つまり、悪い報告はオブラートに包み、真相を言わなくなってしまうのです。「報告を受ける」「連絡を受ける」「相談を受ける」、これらのことは上司の権利でもなんでもなく、私は上司が部下に対して、「報告してもらう」「連絡してもらう」「相談してもらう」気持ちでいるほうが、仕事は円滑に進むと考えています。

悪い報告を受けられないってのは、人望がないってことなんだろうな。

「仕事上のよい結果については、いつ知らせてくれてもかまわない。けれど何かマズイコトになったら、すぐにワーと大声で叫べ」

これは本当にそう思う。マイクロソフトかどこかでもそんな話があったような気がした。マズイコトは雪だるま式に大きくなる。

英国はインドを失った時から没落が運命づけられています。英国が世界に冠たる大英帝国になったのは、インドの富を収奪したおかげなのです。この没落は、どのようにあがいても止めることはできません。ただ落ちていくスピードをゆるめることはできるでしょう。英国はまだ圧倒的に豊かな国なので、落ちるスピードを遅くするだけでもチャレンジングな素晴らしい仕事です。私は、そして英国全体も、そのような現状認識を持っています。

こういうふうに考えたことはなかったので非常に興味深い。

「日本人も英国人も同じ人間で、何も違いはない。立派な人と、そうでない人がいるだけだ」

これは本当にそう思う。どこの国にも当てはまる。

「先約があろうとなかろうと、そんなものはキャンセルすればいいのです。英国人と仲よくなってもたかだか2、3年の話でしょう。そんなもの、出口さんの出世の役には立ちませんよ。そんなに律儀に約束をお守りになっても」

駐在員らしい考え方。その人にとって出世が大事なんだなと実感した。

そして、これからのビジネス英語力において世界のどこの国に行っても、十分に通用するのは、TOEFL100点のスコアを取れる英語力であると言っていました(TOEFLは120点満点です)。

あいにくまだそのレベルには達していない。

そして、もうひとつ大切にしたい姿勢は、世の中で健全な良識として、そうあるべきだと、当たり前に思われていることについて、ていねいに自分の頭で考えてみることです。

さらっと書いているけれども、なかなか大変なこと。

「木を見る眼と森を見る眼」を持つことは、ひとつの仕事を個としてもとらえ、全体の中でもとらえる分析の仕方です。仕事について理解を深め、知識として蓄積するのに有効です。言い換えれば静的な視点です。この視点と同様なアングルを持ちつつも、もっと積極的に、ひとつの出来事をどう判断するか、どちらに進むべきかを考える時に、大切になってくる分析の仕方があります。言い換えれば、動的な視点です。

それはひとつの出来事や文化について、長い時間の中でとらえなおす「歴史というタテ軸」と、ひとつの問題に対する他企業や世界の国々における結果や反応などと比較対照してとらえなおす「場所というヨコ軸」、このふたつを考える軸とする分析の仕方です。

このタテ軸とヨコ軸は、この人の文章を読んでいるといろいろなところで出てくる。長年使いこなしているようで、様々な局面でさらっと出てくる。使えるようにするとはそういうことなんだと感じた。

その場面で、あなたが持っている情報と知識で、どちらか一方を採用し、一方を捨てる決断をはっきり行うことです。そして歩き出して前方に計算外の大障害があったら、すなおに振り出しに戻ればいいのです。仕事はいつも時間との勝負です。誤った選択を恐れて、ふたつの道の前で腕を組んで考えているよりも、まずは一方に踏み出す決断をすることがベターです。

決めることの大切さは、シンガポールに来て学んだような気がする。

長所のみピックアップするなど、心臓を血も流さすに取り出すようなものです。「いいとこ取り」発想は、トレード・オフの関係を考えない、ロマンチックな幻想なのだと思います。

世の中、そんなに都合のいい話はない。

人は抽象的に物事を議論しがちですが、実はそういうふうに、まだ何も描かれていない真っ白なカンバスに絵を描くような議論は、現実の世の中ではできないのです。私は何事も常に社会の中で、それが置かれた現実によって議論しないと意味がないと思っています。

 議論の空中戦の無意味さはよくわかる。

大切なことは、国家について会社について自分の信条について、きちんと整合性のある考え方をすることです。その前提の上に立って、眼前の現実の状況に対して臨機応変に態度と行動を変化させることが、関係性を考えることであると思っています。

それは主義信条を捨てることでもなく、目先の利益に誘惑されるのでもない、今できる最適な方向を選択するというリアルな決断なのです。

 極めて現実的に物事を考える人の言葉だから説得力があるんだろうな。

「経験の浅いパイロットは、異常事態が生じるとあわてて急降下を始めるなど、すぐになんらかの対策を実行し始めます。これはかえって危険です。経験を積んだパイロットは、異常事態の原因に確信が持てるまで何も行動せず、そのまま飛び続けます」

 じっとしているのも選択肢の一つだし、これはこれで大変なこと。

人と違ったことを考える、考えられるということは、言うまでもなく自分の頭で考えることです。人の真似は、しない人です。

 これだけ読んでも何とも思わないけれども、ここまで続けて読んでくるとこういう言葉にも重みが出てくる。このように実際に人と違ったことを考えてきた人が言えば説得力がある。

「たとえば、他の大生命保険会社が三回連続でオリコン顧客満足度のトップになっても、契約者が本社に間違っても、手焼きのクッキーを届けるなんてしないだろう。ライフネット生命という会社の、この奇妙なノリが私を苦手にさせる原因なんだ」

 こういう定量化できない価値ってのは存在するけどつかみ所がない。

「人間がどのように生きて、苦労して、バカなことをやり、社会を作ってきたか。そういうことを知ることが教養である」

非常にわかりやすい「教養」。 

20代30代の時、お金と時間の使用法に知恵を絞り、40歳頃までひたすら自己投資をして自分を成長させてきた人が、人生の黄金期に圧倒的な優位に立った例を、私はたくさん見てきました。

 これは非常に考えさせられた。20代の頃よりも確実に選択肢が減ってきたことを実感するが、その中で自分にどう投資するか、どういう方向を目指すのかを決めていく必要がある。お金と時間と労力の分配の仕方次第で自分の人生が大きく変わってくるのは明らかなので、どうしたらいいのかなと日々考える。

歴史・哲学・科学・文学など、人間が創造し、探求してきた知の成果や果実が、世界中の人々に読み継がれて今日まで生きてきたのが、古典と呼ばれる書物です。何百年、何千年と世界のマーケットで生き残ってきたのです。それらの作品こそ、巨人の全身を構成する要素です。自分をたくましく生きる方向へ導く教養の源泉は、古典なのです。

そういえば「ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。 」と言っている小説があったな。あの言葉だけ印象に残っている。

自分が世界を旅して見たことと、自分が間接的体験として見たことと(文章や絵画や映像など)、どちらの印象が私の中で強く残っているのか自信がなくなることがあるのです。

 これは時々感じる。現場に行った所で実際には、遠くからのほうがよく見えていたなんてことは少なくない。間接的体験には間接的体験の良さがあり、両方必要なんだと気づくまでにはそれほど時間はかからなかった。

気まぐれや気やすめ、そして要領よく読書をしてもそれは砂で城を築くような営為です。本にきちんと向き合うこと、人に対面するように。それが何よりも肝要です。

 襟を正して本を読む。気持ちの持ち方は大切なこと。

「ひたすら古典を読みなさい。数多の先達の洗礼、時代の洗礼を受けてきたものだから、内容に間違いがない。古典がわからなければ自分を無能だと思いなさい。現代人の著書を読んでわからなければ、著者が無能なので読む必要はありません」

古典は読む時期によって目につく所が変わってくるので面白い。そのとき自分が抱えている問題、考えていることの影響を受けざるを得ない。だから、古典という媒体を通して自分を見ているのかも知れない。

私は100年後の目標を指し示す旗を高く掲げさえすれば、あとは一年一年、一日一日、きちんと作った予算や業務計画を確実に遂行し前に進んでいくことの延長線上にしか、ライフネット生命の未来はないと思っています。

最後でタイトルにつながってくる。ただのノウハウや自己啓発ではなく、高く掲げられたビジョンであり、地道に積み重ねてきた人だからこそ言えることが満載だった。もっと頭を使って生きようと思った。

 

百年たっても後悔しない仕事のやり方

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