エコノミストの特許記事について

この記事をじっくり読んだ。 

 

  1. アメリカの話。農業の可能性に着目し、農業の範囲まで特許を取れるようにしたが、そのおかげで農業が急に発展したりはせず、特許はあんまり関係なかった。
  2. 他の産業についても、特許がイノベーションを促進したりはしてない。
  3. 特許は遍く知識を広めるものだが、特許弁護士は曖昧な文章を書くのに長けていて、トロールや守りに入った特許権者などイノベーションを阻害するやつばかり出てくる。特許のせいで参入障壁は上がり、既得権益者が優位となる。
  4. しかも特許は高くつく。処方箋薬にかかった2100億ドルの4分の3は特許がなければ節約できたはず。だけど、その費用に見合うほどのイノベーションを起こしていない。
  5. 欠陥のある特許のせいで起こらなかったイノベーションを算出することはできない。TPPなどで特許の保護を広げようとする動きがあるが、それよりもこの欠陥をどうにかすべきだ。

三部構成の最初の部分はこんな感じだった。自分の思うところも述べておこう。

  • 特許はイノベーションを促進したりはしないってのは、わかる気がする。特許があるからそれを乗り越えるために新しいものを考えるってのはちょっと無理があると正直思っている。
  • 特許弁護士が曖昧な文章を書くってのは、一方的過ぎる意見だろう。普通の人が請求項の部分を読んでもわからないっていいたいんだろうけど、特許の文章は請求項だけじゃなくて発明の詳細な説明ってのがあって、そっちはわかりやすく書いてあるはず。そこがわかりやすく書いてなかったら、書いている人の能力に問題があるってだけの話。
  • エコノミスト的には自由競争が全てなんだろうけど、参入障壁が高いのはそこまで悪なのかは意見の分かれるところじゃないのかな。
  • あと処方箋薬とジェネリックの値段を単純比較して特許は高くつくってのは暴論すぎる。これについては次の記事でもうちょっと踏み込んだ話が書いてあったからいいけど。
  • 欠陥をどうにかした方がいいってのは同感だ。

次に三部構成の二番目の部分を見ていくことにする。

 

  1. 最もラディカルな対応は特許を廃止することで、それがエコノミストの主張するところ。それは心理的に抵抗があるかもしれない。
  2. しかし絶対的な財産権などなく、政府に税金を持って行かれたり、道路工事に邪魔だからと立ち退きを求められたりする。特許については、政府が特許権者に対してアイデアを共有させるべきという議論が特に強い。
  3. イデアを共有することは物理的な財産を共有するほど大変なことじゃないし、共有することで新たなイノベーションが生まれるし、近頃のイノベーションは全く新しいものじゃなくて、賢い組み合わせ方や既存のものの延長線上にある。
  4. 政府は長らくこれらの主張が特許の制限を正当化すると認識してきたが、何度改革を行ってもこの特許制度は失敗してばかり。もっとうまくできるのか?

道路工事で立退きというと、銀河ヒッチハイクガイドを思い浮かべてしまうわけだが、まあそれはいいか。この共有することは大事ってのはわかるんだけど、ここで使われるには不適切と思えてならない。

  • 特許は発明公開の代償として、20年間の独占権を付与するものという前提が抜け落ちている気がする。20年後はpublic domainになって誰もが自由に使えるし、それ以前でもライセンス料を払えば使えるし、ライセンス料を非常識な額に設定すると独占禁止法にひっかかる可能性もある。
  • コカ・コーラ製法や工場内に秘匿されるような技術と比べたら、特許にかかる技術の方が公開されて、よほど情報共有されている。自由なソフトウェアとの対比で言っているならわかるけど、世の中にあるのはそんなソフトウェアだけじゃない。独占権という餌を与えずに工場内に秘匿されている技術の一部を表に引っ張りだして、車輪の再発明を防ぐ手段があるならそれを書けよと言いたくなる。

では最後の部分。 

 

  1.  アイデアは手で触れることができずイノベーションは複雑であり、かのソロモン王が居ても競合する請求項間の裁定をするのは困難だろう。しかも審査官の数は足りてなくて、一方特許弁護士は金持ちだ。特許制度はロビー活動の餌食になっており、シンプルにした方がいい。
  2. とりあえずトロールとイノベーションを阻害する連中を排除した方がいい。現在多くの特許は使われてないので、使われてないものは消滅させるとか、無効審判の敷居を下げるとか、特許を覆すための証明のハードルを下げるとか。
  3. 特許は本当に大きなことをした人に報いるためのものであり、些細な変更に大して特許を与えるべきではなく、非自明性のハードルを上げた方がいい。
  4. あと特許保護期間は長すぎる。製薬とITで製品化までの期間が全然違うんだし、製薬だって治験のやり方を変えたりすればもっと短くできるはず。
  5. 現在特許制度は進歩の名のもとに運用されているが、実際にはイノベーションを後退させている。今こそ直すべき時だ。

こちらについても思うところを書いていこう。

  • 全体にアメリカの特許について言っている気がしないでもない。アメリカでは特許弁護士は金持ちだし、トロールとかもそうだ。裁判になるとディスカバリー制度で恐ろしくお金がかかるのもアメリカで、他の国ではそこまでひどいことになってない。
  • 使われていない特許をどうするかというのは、インドの制度が参考になるかもしれない。毎年毎年特許でいくら儲けたか、儲けてなかったらなぜなのかを申告しないといけない。でもこの申告義務は現地代理人を儲けさせているだけで正直なんだかなあと思っている。 商標だと不使用取消審判ってのは少なくないからアナロジーはわからなくもないけど、何度も再利用される可能性がある商標と違って、特許は一度きりでそれ以降はpublic domainという違いがあるか。
  • 実務者として非自明性のハードルを上げられると正直かなり厳しいのだが、明快なガイドラインとともに一貫した審査基準で運用されるならそれはそれでいいと思う。
  • 保護期間が長いってのはわからなくもないけど、どの特許がどの分野に属するのかを決めるのは非常に大変なのでそういう線引きは止めた方が良い気がする。シンプルな特許制度からどんどんかけ離れていってしまうから。

そんなわけで、いろいろなアイデアもあったが、いろいろと言いたいことのある記事だった。特許の詳細な説明の部分はけっこうわかりやすく書いてあるし、発明公開の代償として独占権を与えるという発想自体は、他に有効な発明公開策が出てくるまであっても良いと思う。アメリカの特許制度だって、近頃ビジネスモデル特許がほとんど無理になっているので、世の中そこそこまともな方向に動いてきていて、それほど捨てたもんじゃないだろうと個人的に思っている。