南極点のピアピア動画

強い推薦があったので、特に何も前提知識なく読み始めたのだが、読んでよかった。とても良い時間を過ごせた気がする。

匿名の人々が損得勘定抜きに面白がりながらいろいろやっていたらなんかすごいことになったという文化が好きな人であればまず間違いなく楽しめる作品だろう。オープンな環境でみんなで面白いことをやるエンジニアの夢がこれでもかと詰まっており、それでいてとても完成度の高いSFとなっている。

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

 

表紙が初音ミクを模したキャラクターであり、タイトルのピアピア動画はどう見てもニコニコ動画だけれども、自分がこの本を楽しめたのはLinuxのバザール方式やオープンソースハードウェア、メイカームーブメントをこの10年位面白がっていたからだろう。序盤からハイペースで話が進むので全然退屈しない。

「ピア技をまとめるのに金は要らない。そのかわりキャラとストーリーがなくちゃだめだ。おまえは今日から『宇宙男』だ。」

キャラとストーリーで人を動かす。とても的確な指摘。

「こんどのプロモーションの仕事でも思ったんだけど、世界を結びつけてるものってインターネットだけじゃなくて、いろいろあるんだなってことです。全国ネットのテレビは衰退したけど、コンビニとか、宅配もそうかな、物流は知らないうちに世界を結んでいる。面白いですよね」

コンビニ恐るべしだな。隠れたインターネットだ。

このアナロジーはとてもおもしろいと思った。

彼らはなにかのプロジェクトを進めるにあたって、ボーカロイド・小隅レイ等のキャラクターを中心にすえることで人心をまとめ、モチベーションを維持するのだという。

なんとなく感じていたことを実にうまく言語化してくれる本である。

ボーカロイド小隅レイ搭載の潜水艦でクジラと対話するプロジェクト」と題して、内容を解説した。しめくくりに「まだ予算通ってません。応援よろしく!」とテロップを入れた。

「胸熱な展開じゃないか。最初からこうすればよかったんだよ。レイちゃんを神輿に担いでおけば関係者全員ハッピーになれるってわけだ」

「人間じゃないものが人気ものになると、みんな幸せになる、ってのが、小隅レイのヒットでわかったことなんだ」

このあたりがとても日本的で印象的だった。マスコットキャラクターにしても合議制の会議スタイルにしても、おそらく中心に人間がいない方が良いという経験に基づく判断なのだろう。誰かが人気になるとどうしても足を引っ張ったり妬んだりすることが発生してしまう。強力なリーダーシップで誰かが引っ張るスタイルではなく、みんなで神輿を支えるスタイルの方が合っているということだと思う。実に深い。

「レイを使えば、それまで聞いてもらえなかった曲が聞いてもらえる。見てもらえなかったイラストが見てもらえる。レイの人気をみんなが共有できるわけさ。自分がヒットを出せば、レイの人気にも貢献するから、みんな喜ぶ。僕らもそうなった。バーチャルアイドルを核にして、一つのユートピアができているんだ」

承認欲求も満たされ、みんなで協力し合う、とても美しい世界がここにある。

そして今日2017年3月9日。初音ミク10周年のミクの日ということで大勢の人が楽しそうに絵や音楽、映像を公開している。その背景にはこんな思いがあったのかと、この本を読めば垣間見ることができる。お祭りのような日々を目の当たりにして、インターネットがあってよかったなと感じた。