地図に訊け

神保町の三省堂書店で見かけて、タイトルが気になって
手に取ってみて、国土地理院にいた人が書いてる本だと知る。
ゼンリンにもいたらしい。こういう○○一筋って感じの
本職の人が書いたディープな本は、けっこう当たりが多い。
なんかわけのわからないエネルギーも一緒に伝わってくるのも好き。
でもその場では買わず、次見つけたら買おうということにした。
数日経ってもやっぱり面白そうだと思ったので、購入。

地図に訊け! (ちくま新書 663)
地図に訊け! (ちくま新書 663)山岡 光治

おすすめ平均
stars地図に一生を捧げた技術者の書いた良書
stars知らなかった地図の情報
stars地図はたのしい、、、
starsなかなか熱い「地図」本
stars測量事情の今昔

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地図のそばに長く暮らしてきたものとして、仕事中に感じた「地図が話しかけている言葉」「地図から聞こえた話」を多くの人に紹介したいという気持ちになった。

こういうのがすごくありがたい。こういう本をたくさん読みたい。
期待通りかなりディープで面白かった。僕自身が地図好きなので。
高校で使った地図帳を見ながら、今年はどこに行こうかなと
いろいろ旅行の検討をしたりするくらいだ。あんまり関係ないか。


まず興味深かったのは、三角点に関するところ。

日本の三角点標石は、三角の石でも三角柱でもない。
花崗岩製の四角柱である。
三角点と呼ばれるのはどうしてかといえば、三角測量によって正確な位置情報が得られるから。さらには三角形で構成される「網」の頂点にある標石だからである。

今、三角測量がメインの本(どんな本だよって突っ込まれそう)も読んで
いるので、身近なところと話がつながったという感じで、非常に面白い。

官製地図の作成期間が陸地測量部から国土地理院になった現在まで、三角点・水準点標石の大半は一貫して小豆島産が使用されている。

これまたマニアックな情報。規格の統一とはいえ、これはすごい。

三角点標石の大きさは、二十センチメートル内外である。少なくとも写真上で三十ミクロン程度の大きさがなければ識別できないから、数千メートルの高度から撮影する空中写真に標石は写らない。そのため三角点周辺に撮影する写真縮尺に応じた大きさの白い目印板(対空標識)を風車の羽根状に置いて撮影する。現地の状況から、三角点・水準点周辺に直接設置するのが困難な場合は、上空が開けた場所や樹上などの適地に標識を設置し、三角点との位置関係を測量する。

あれは、空から撮るのか。だから白い目印になってるのか。
よく考えれば当たり前だけど、全然思いつかなかった。
長年の疑問が解消したので、けっこう満足。


それから地図の誤りについて。

「尾根のこちら側が(測量によって)描ければ、向こう側は(測量に)行かなくても描ける」という、実測の達人の豪語。
想像力をたくましくした結果だろうか、山野をくまなく歩く地質調査技師などによって、地形の誤りを指摘された地図も多くあった。

これは軽くショック。なんとなく地図って絶対的なものという思い込みがあるけど
人間が作っているわけで、奥深いとこまで見られないから、まあしょうがない。

過去に、測量するごと、地図を再作成するごとに、山の高さが変わってきた大きな原因の一つは、標高点の測量誤差にある。さらなる原因は、三角点は角観測するために、あるいは保存上都合の良い場所に設置したもので、必ずしも最高所には置かれていないから、三角点位置以外に最高所が存在する山が各地に多くあって、しかも地図作成者が山頂を確認し測量するというサービスをしてこなかったからだ。

ここでもまた、小学生の頃の想い?が打ち砕かれる。
それはそうだよな。そこまで精度が高いわけないな。
GPSで測定したところで、そもそも海抜高度を基準にするには
あやふやな平均海面とか必要になるわけで。
富士山は3776メートルとか自然に覚えたけど、
これだって地殻変動だけではなく測定誤差も含むわけで
数値自体には全然意味なんてないな。


あとマニアックな情報がいろいろ

そのリストでもっとも低い山は、宮城県の「日和山」標高6メートルである。日和山は、江戸末期に海岸警備のために築かれたという。急に注目を浴びた小山は、その後毎年七月一日に山開きが行われるようになった。頂までの所要時間は30秒、息を切る暇もない山。

やっぱりマニアックで面白い。その後も日本一低い山作りが各地でなされた模様。

陸地測量部でも旧幕臣勢力であるフランス派技術者が一掃されたのを受けて、活動する都市と自然溢れる田園が色鮮やかに表現された「二万分一迅速測図」「五千分一東京図」といったフランス式の地図からドイツ式の地図へと移行する。ドイツ式は、実用性を重視し、個性を排除したような一色線号方式と呼ばれるもので、単色の中にも精緻で美しい地形表現が残された。

やっぱり歴史のつながりが面白い。そういうところにも当然影響は出るな。
それからアメリカ式でさらに簡略化されて今の地図に至る模様。
多面的に物事を見るといろいろと発見があって楽しい。

地図技術者は細かな地図を描くための「小人の手」と同時に、広い地域を見渡すための「巨人の眼」も兼ね備えながら、日本地図を描き続ける。

いつも使う地図の「中の人」への敬意をもち続けたい。
小人の手を巨人の眼、この相矛盾するものは、地図に限らず様々な領域で
必要なことではないかと思う。全体を俯瞰しつつ、細部を極める。
ぜひ見習いたい姿勢である。