分析力を武器とする企業

以前「その数学が戦略を決める」という本を紹介したのだが、
http://d.hatena.ne.jp/pho/20080126/1201354040http://d.hatena.ne.jp/pho/20080126/1201362046
これと似た感じで面白いということで、一冊の本を借りた。
分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学 (単行本)
4822246841

ちまちまとデータを分析する経営者なぞより大胆なビジョンを掲げる経営者の方が魅力的だと考えるのは、ダイエットも運動もせずに痩せようとするようなものである。そもそもビジョンと分析は相矛盾するものではない。

導入はこんな感じで、分析がいかに効果的であるかを例示しながら、組織において分析力を活用するにはどうしたらよいか、落とし穴になり得るものは何かを示した本。

10億通以上のレビュー、例えば「最高に面白い」とか「がっかりした」といったコメントを分析し、顧客の好みと在庫状況に合わせて「おすすめ」を選び出す。顧客の好みにジャストフィットするが普段あまり借り手のない作品を上手にすすめるのが、ネットフリックスの得意技だ。

最初に紹介されるネットフリックスの戦略が非常に巧みだ。

ネットフリックスは、自社が誇るデータ分析力さえあれば、将来バーチャル方式に移行しても十分利益は上がると自信を持っている。「ネットフリックスに行けば自分の好みにぴったりの作品が見つかる」と顧客が思ってくれるかぎり、モノが郵便で届こうがインターネット経由で届こうが、顧客はネットフリックスにとどまると見込めるからだ。

DVDを郵送するという手法がクローズアップされがちだけど、顧客の必要とするサービスを提供していることの方がずっと重要。手法はとっかかりに過ぎず、会社が最も得意としているものは何かを見極めることが大切だな。

「お金の問題を抱えている人で、他に何も問題がないという人は滅多にいない。だいたいは欠勤をしたり、能率が悪かったりする。あるいは、家庭に問題を抱えていることも多い。つまりクレジット・スコアが低い人は、生活の他の面でも要注意なのだ」……例えばプログレッシブとキャピタル・ワンはこの方法で、クレジット・スコアの割にリスクが大きくない顧客を上手に選び出している。

データを分析すると、いろいろなことがあからさまになって、身も蓋もない話になる。実に正論で、ビジネスには必要なプロセスだけど、そこまでやるんだなと思った。

自社にとって一番ありがたいお客さまは誰かを突き止めることができた――それは、高額の商品をあっさりクレジットで買い、長期にわたってゆっくり返済するお客だったのである。クレジットカード業界では、そういうお客も、ちょっとした買い物をしては翌月からきちんきちんと返すお客も、まったく同じように扱っていた。

客を区別する。金が取れそうなところにはきっちりサービスをし、取れなさげなところは力を抜く。

価格管理・利益最適化に組織的に取り組めば、最大20%の収益改善が期待できる。こうした取り組みは、売上高、純利益のどちらにも効果がある。

要するに客を見ながら値段を決めるんだな。よく考えてみたら、海外のぼったくり土産物屋と一緒だ。金を取れそうなところからたくさん取れば、確かに儲かる。でもビジネスとして別に新しくないな。そもそもそんなに新しいものなんてないか。違いは、人力でやるんじゃなくて、大量のデータから分析することくらい。

セメントと水・骨材を混ぜたコンクリートは実は非常に傷みやすい商品で、ミキサー車に積み込まれた瞬間から固まり始める。だから、決められた時間内にきっちり目的地に送り届けなければならない。しかしメキシコでは交通状況も天気も読みにくく、おまけに労働者の手配や仕事の段取りがルーズなため、正確な輸送計画を立てるのが途方もなく難しい。……セメックスは、迅速で正確な輸送を実現できればシェアを拡大できるし、時間にうるさい取引先には料金を上乗せできると気づく。そこで同社はフェデックス、ピザのデリバリー会社、救急隊などからルーティングやスケジューリングのノウハウを学んでロジスティックス・サービスを開始する。

セメントにこんな特徴があるとは知らなかった。差別化できるところをうまく利用していてさすがだ。セメントとフェデックスやピザのデリバリーなどの類似点を見つけだして、ノウハウを学ぶというのが興味深い。

まずは自己評価から始めること。自社の目標あるいは顧客の要望と現状とはどの程度開きがあるのか、把握することからすべては始まる。欠けていることがあるとわかったら、どうすればいいのか考える。それをしないでデータ・ウェアハウスやら分析ツールやらに手を出しても、何の意味もない

システムを入れれば完成ではない。分析のための分析が必要。なにげにこのプロセスが一番大変じゃないかと思った。問題をきっちりと定義できれば、解くこと自体はそれほど大変じゃないケースもあるから。

データ重視・分析重視の考え方が社内に浸透するまでには時間がかかるし、スキル開発にもある程度の時間は必要だ。社員の考え方が変わらないと分析力は育たないが、すぐに成果が現れないとなるとモチベーションは保ちにくいモノである。したがって分析戦略の指揮を執る幹部や担当チームは、ロードマップから逸脱しないよう常に注意を払い、進み具合を見守り、着実に結果を出していくことが求められる。

これも問題の設定次第か。成果が見込めそうな課題に取り組むのが、モチベーション維持には重要。

経営チームは分析結果に基づいて行動する意志をもっていなければならない。いくら立派なシステムが運用され、信頼できる分析結果が出されても、何もしないなら意味はない。例えば顧客のセグメンテーションということは、どこの企業でもやるだろう。……ところがその結果に従って個々のセグメントを別扱いすることに尻込みする企業が意外に多い。……そのような姿勢では分析力を武器にする企業にはなれない。改めて言うまでもないことだが、分析は行動に結びついて初めて意味をもつのである。

知るだけではダメで、いかに行動に移すかが大事。別に分析に関わらずそうだな。いかに現状に落とし込んで、うまく活用しないと意味がない。情報収集ばっかりやって、ヒョーロンカになりたいわけじゃないんだから。実際に動くのは大変なことだけど、動かないと意味がない。

例えば分析の結果、マーケティング部門の広告予算が無駄に使われていると判明したとしよう。そんなことを公表されればマーケティング部門はまぬけに見える上、予算も削られかねないから、まったくありがたくない。こうなると、両者の間に思わぬ確執が生まれることになってしまう。

これは実にありそうな話。だからこの本ではトップ主導でやれと主張しているんだろうな。

意志決定を人間がするにせよ、システムがするにせよ、分析力を武器にするためのカギが人間にあることはまちがいない。分析力を武器にする企業に取材したところ、どの幹部も、しかるべき知識と能力を備えた人材を十分に確保することが一番の難関だと口をそろえた。

また出てきた、人材。でも分析だけしててもしょうがないと思う。その会社の中を良く知っていて、強みも弱みもきっちり理解している人が、分析力を発揮していろいろこなすのが理想。

自社の強みは何か、自社の業績のカギはどこにあるのかを見きわめて、そこを中心にデータの海に網を投げるのが賢いやり方だ。トロール漁船のように無差別攻撃を仕掛けてはいけない。……重要度の低いデータには、簡単に入手できるからと言って手を出さないこと。……質を伴わない量は意味がない。

これはなかなか興味深いと思った。ちゃんと考えてデータを集めないと有意な分析なんて無理なのは、改めて考えてみたら当然だ。いい加減にデータを放り込んで、それらしいアウトプットを出してくれるわけがない。データ収集から考えると、分析というやつはかなり大変そうだ。

確実に言えるのは、今後もデータの量は増える一方だということである。分析力を武器にする企業では、データがきちんと処理され、統合化・統一化されて、いつでも分析に応じられる形でウェアハウスに格納される。ビジネス・インテリジェンスが全社で一貫して活用されるのは言うまでもない。……未来にビジネスをリードするのは、分析力を武器にする企業だと私たちは確信している。

実に説得力がある。確かにデータは増える一方だ。ある程度形式を統一して標準化していかないと、データの整理だけで破綻してしまう。そこまですれば、ようやく分析をするためのスタートラインに立てる。その後はなかなか大変そうな道のりだけど、重要なポイントはかなり本書で網羅されているから、実際に分析を武器とするなら本書が役に立ちそうだ。
書評はここまで。自分自身の問題に落とし込んで考えるのは、後日改めてやることにする。