知財の利回り

西新宿に一年と少し前にできたブックファースト新宿店(モード学園コクーンタワー内)は、近頃好んで利用している書店の一つである。広いフロアでふらふらと見て回れて、迷路みたいに感じられるところがいい。そこで見つけたのがこの本。
知財の利回り (単行本)
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翻訳本ならkindle版を買えばいいかと思うが、元々日本語で書かれた本だし、おそらく青空文庫にもならないので紙を買っても良いかと思って買った。率直な感想としては、1章と3章は面白かったけど、2,4,5,6章がいまいちだった。Intellectual Venturesについて100ページくらい書かれた第1章がメインで、あとは著者の感想文とおまけという感じ。この著者の「ゲノム敗北」は面白いと思っただけに残念である。まあ参考文献がほとんど既読で、個人的にIntellectual Ventures(IV)をgoogle alertで追いかけてる自分だからそういう印象なのかもしれない。というわけで、面白かった第1章をメインに紹介することにしよう。
著者がIVの東京オフィスに行って、invention mining session(発明発掘会議)に同席してその概要を紹介しているところが面白かった。日本で具体的にどのようなことが行われているのか知ることができる。そこでポイントとなっているRFIが興味深い。

RFI—IVが独自開発した発明発注書は、発明に関する要望を書いた15〜20ページ程度のコンパクトな文書だが、中身は発明のポイントを凝縮した精緻な内容になっている。初めに発明のタイトルが明記され、その発明の狙いを説明した要約文が示される。続けて、「課題の定義」や「なぜ、この課題は解決する価値があるのか」といったIVの問題意識が簡潔に書かれている。
さらに、最近の技術動向や市場予測、競合する技術分野などが説明されたあとに、「こんな視点でアイデアを考えて欲しい」というIVの問題提起が箇条書きで綴られる。これら一連の発注内容に対して、楠浦は「充実している」と評したが、それがアイデアの創出をより加速しているようである。

発明工場と呼ぶにふさわしい。そこをシステム化して発散しすぎないようにするわけか。

「みなさん、素晴らしい発明をしてください、と言っているだけでは何の意味もありません。それは知的労働でもないし、単なる時間の浪費で終わってしまいます。」

何も言わずに特許のノルマと言ってもR&Dの人に嫌われるだけだな。

楠浦は「お金は二次的な問題で、いわゆる目利きと呼ばれる人たちをどれだけ集められたかがポイントであり、このネットワークをゼロからつくれるかといったら非常に難しいと思う」とも話し、RFIに凝縮されたネットワークの知識が、IVのビジネスモデルを決定的なものにしているという見方を示した。

現状分析して、そこからのextra mileを目指すということか。ちなみにIVの事業内容は

  • investment(特許の購入とライセンス=1号ファンド)
    • すでに権利化された特許を買い取り、企業などにライセンスしてロイヤリティーを得る。
  • factory(発明・特許出願=2号ファンド)
    • 社内のスタッフだけでなく、社外の発明家とも共同して発明を創造し、特許出願をして権利化を目指す。
  • development(発明・特許の評価と出願サポート=3号ファンド)
    • 大学、研究機関、企業の研究者とパートナー契約を結び、彼らの発明や特許の市場性を評価するとともに、社内の専門家が特許出願の代行をしたり、商品か戦略のアイデアを練ったりする。

なんとなく方向性はわかる気がする。

ベンチャーキャピタルが集めたカネを企業に投資するのに対し、IVはあくまで発明・特許に投資してその価値を何倍にも高めようというのだ。

重要なのはそれをどうやって実現するのかということ。その一端がエドワード・ジュング社長兼CTOにインタビューしている部分からわかるかもしれない。

5000億円のファンドのうちの1000億円を使って主に一号ファンド(特許の購入とライセンス)で運用してきました。その結果、われわれの顧客企業15社からライセンス料として約1000億円が支払われ、それを投資家に戻しているというのが正確なところです。5000億円のうちすでに使ったのは1000億円で、あとの4000億円は手つかずのまま残っているとご理解ください。

なんかすごいリターンだ。細かいことは全然書いてないけど。

アジアには素晴らしい発明家や優秀な科学者がいるのに、良い発明を見つけることができなかった。そのときの調査で分かったことは、IPが地域的には存在していても、グローバルに存在しなかったという事実で、せっかくのアイデアもグローバルに出願しないと宝の持ち腐れになってしまいます。

基本的に国際出願されていない特許に価値を認めていないということだな。

基本的にRAND(Reasonable and Non-Discriminatory)条件と同じ考え方を採用しているが、多少異なる部分もある。RANDはライセンスのみを考慮した古い仕組みで、Patent Trading(特許の取引)とか、我々が開発したIP Financing Bridge(IPFB)のような新しい仕組みは取り込まれていません。むしろIVのやり方は、RANDを超えて、ライセンス交渉の周辺の条件をより公平になるように工夫しています。

このIP Financing Bridgeがなかなか興味深い。

非公開会社のNovaforaが公開会社のTransmetaに対するM&Aを検討する際、・・・IVがNovaforaに提案したのがIPFBであり、M&Aが成立した後にトランスメタの保有するIP資産をIVに売却する約束の下に、IVはNovaforaに買収資金を提供する。この取引を通じて、IVはTransmetaのマイクロプロセッサーなどに関する140件超の米国特許と、出願中の数多くの特許を取得した。・・・IVは取得したIP資産の一部を、あるいは自社が保有する別の特許と組み合わせて新たなポートフォリオをつくり、Novaforaにライセンスするだけでなく、契約を希望するA,B,C社などにも提供する。

実によく考えられた仕組み。

カネに換えるのが難しい無形資産に、流動性を提供できる点で非常に大きな意味がある。仮にTransmetaが倒産したら、IP資産はバラバラになってしまう可能性があったが、IPFBという新たな仕組みによってそれらが再生される道筋をつけられたからです。

それから、IVは思った以上に日本国内に浸透していた。

すでに大学や研究機関、ベンチャー企業など、30以上の組織・機関と特許のライセンス契約を結んでいる。大学関係では、東京電機大学芝浦工業大学秋田大学同志社大学、広島大学などがIVと連携し、発明の発掘や特許の申請を前提としたパートナー関係にある。

ということで、その後に具体的な例が掲載されている。

「うちの大学は海外に事務所を持っていませんし、うちに限らず、日本の大学は総じて国際出願に弱いのは事実でしょう。そんな大学のTLOが抱えるネックの部分をうまくすくい上げ、国際出願の手続きに加えて研究費の助成もしてくれるIVは魅力だし、とにかく外資ということもあってスピード感があり、仕事が早いのが何よりもすばらしいと思う」

餅は餅屋という言葉もあるが、効率という面だけを考えればIVに任すのが手っ取り早いのだろう。でもそれだと、気がつけばgoogle booksのように一箇所に握られる方向に行く。分野が違うだけで構造はほとんど同じだろうな。研究者側のメリットは

ひと言でいえば、研究者のネットワーキングです。世界中の優秀な研究者をその人の専門だけでなく、違った分野にもつないでくれる。声をかけられた研究者は知的好奇心をくすぐられ、ネットワークのなかにどんどん入ってくる。研究者といっても、ネットワークを構成するのは彼らの頭脳だから、それが外に向かって広がりながら全体の輪がますます大きくなっていく。しかも、その後ろにビジネスがつながっているから、研究者はいやでも熱心に取り組もうとするわけです

お金がもらえて、知的好奇心がくすぐられる。特に断る理由がないということだろうな。

「特許がオープンイノベーションの通貨としての役割を果たす、という日本特許庁に認められた考え方を支持する。従来、イノベーションは、個別の発明や製品化に大きく依存していた。しかし、最近、技術、発明および発明者の交流が新たに重要視され始めたことがきっかけとなり、世界にイノベーションブームが起きている。異なる技術間で地理的な境界を越えた知識の交流が促進されれば、新技術の研究、開発、商業化という面で大きな前進が見られるはずだ」

というIVのコメントが何を意味するかは、徐々に明らかになるんだろう。

感想

webや雑誌では得られないIVに関する情報が得られたので、後半はいまいちだったけど読んで良かった。IVの情報ってこれも含めてどうやって特許を入手するかは出てるけど、それをどうmonetizeするかには触れられてない気がする。ライセンスすると一言だけ書かれてもほんとかよと感じてしまう。この本でもやはり現金化はさらっと流されているというか、群盲象を撫でるという言葉がふさわしい気がする。でも自分なりに情報を集めていて、この3つの記事を読んで、雰囲気が多少つかめてきた気がする。
IVは訴訟しないと言ってるけど、間接的にしてるよという記事。
Intellectual Ventures Takes Indirect Route to Court
VerizonがTivoにカウンターで訴えるときに、IVが特許を貸したという記事。
Intellectual Ventures Lending Its Patents To Members To Sue Others | Techdirt
Harvard Business Reviewの3月号にIVのNathan Myhrvoldが書いた記事。
The Big Idea: Funding Eureka! - Harvard Business Review
必要としている相手にオンデマンドで提供するモデルといえばありきたりだが、それを資金力とネットワークで実現しているところがすごい。特許戦争時代の軍需産業についてもっと掘り下げてみたいと思う。