「ハードウェアのシリコンバレー深圳」に学ぶ

2015年と2017年に参加したニコニコ技術部深圳観察会でお世話になったJenesisの藤岡さんの本がついに出た。深圳で自ら中国人を雇って工場を経営するに至る10年間とその後に自社工場での試行錯誤の6年間の計16年間の深圳の製造業との関わりを著したとてもディープな一冊である。

「はじめに」から既にして妙にアジアの熱気が伝わってくる。

さて、それでは本論を始めよう。2001年当時の深圳は出稼ぎ労働者と中国人であふれかえっていた。いわば流れ者たちの世界だ。夜の店も多く、猥雑さと無秩序が色濃く残る世界に私は足を踏み入れた。

序盤から「Che-ez!」なんて懐かしい名前が出てきて驚いた。当時Sonyのデジタルマビカ40万画素フロッピータイプのデジカメ)を使っていた大学生の自分にとって、もっと高画質で数多くの写真をメディア交換なく保存できるトイカメラにはとても注目していたから。

外部の人間にも関わらず、NHJの製品開発を手動するという不思議な関係は約1年間にわたり続いた。こうしてついに新センサーを搭載した「Che-ez!」の次世代機が完成。画素数130万画素へと大きくレベルアップすることで、他社を上回る性能を手に入れた。

まさか藤岡さんが手がけていたとは。ちなみにこの本はディープな話もわかりやすく解説されていてよい。

「白牌」というのはノンブランドを意味する。この場合のノンブランドとは、単に無名メーカーが作ったことを意味するのではない。白紙のノートのように、後から別のブランドが書き込めるという意味だ。

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こうした白牌製品にブランドを書き込む行為が「貼牌」だ。白紙に自分たちのブランドを貼り付けるというわけだ。「白牌/貼牌」を使えば、一切開発、製造することなく、簡単にメーカーになれてしまう。

「そこで私は他社と競合しない貼牌戦略を考えついた」とか、自らの経験がないと絶対書けないような話がたくさん出てきて面白い。それにしてもこれを25歳でやっていたわけで、現在あれだけ貫禄が出るのも納得である。

NHJ時代、私は日本メーカーが開発する最新部品情報を常にチェックしていた。腕時計型テレビのきっかけとなったのは、ソニーのグループ会社が開発したシリコンチューナーだ。当時としては極小の切手サイズでアナログテレビの受信を可能とする一品だ。

こうした新規性の高い部品が出ると、私はいつも「これで何が作れるか」を考えた。

イデアを思いつくだけでなく、形にするところまで遂行するところに凄みを感じる。

例えば2,500発家電では、「コンテナ発注」という方式を取り入れた。「デジタルカメラ1,000台」というような契約ではなく、「コンテナ1個分」という形式で契約するのだ。海上物流はコンテナ単位で値段が決まる。1,000台で契約したとしても、もしそれがコンテナ1つに収まらずに2つに分けたら輸送費が2倍になってしまう。

こういう合理的な考え方の例が実に具体的に書いてあってとても面白い。 

無茶ぶりされると燃えるタチなのだ。実はNHJ時代も自分のオリジナル企画商品よりも、厳しい要件での受託製造のほうが燃えるという部分はあった。

この性格が今の受託工場につながっていると思うと興味深い。自分の性格を知り、パフォーマンスを最大化するような選択をすることの大切を実感する。

公板・公模の話も興味深いが、パキスタンの携帯の話がとても面白かった。

携帯電話には1台ごとにIMEIという固有の製造番号が割り当てられている。ところがその山塞携帯は同一機種すべてに同じ製造番号が割り当てられているのだ。盗まれた携帯電話のIMEIを使って通信ネットワークに接続しないようにキャリアが設定したところ、数千台がとばっちりを受けてしまったというわけだ。

そして工場を立ち上げる藤岡さん。

運が良かったのは、起業した2011年に地デジ終了という大イベントがあったことだ。日本では地デジチューナーの在庫が払底し、作れば作るだけ売れるという特需が到来していた。「今すぐ地デジチューナーが欲しい」という注文が飛び込むと、私はすぐに中国の工場を抑えた。

このあたりは映像で見てみたい。

説得に応じてくれないというならば、残る手段は金しかない。私は銀行へと走った。下ろせるだけの金を引き出して寮に戻った。ボーナスとしてこの金を支払う。だからどうか手伝ってほしいと頼み込んだ。

BOM(Bill Of Materials、部品表)の話は見学に行ったときに聞いていたが、こうして全体像を把握してから改めてみるとどれほど重大なことなのかようやく腑に落ちた。

この電話番号付きBOMを手にして、私はようやく深圳のエコシステムの秘密を悟ったのだった。

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方案公司は単に基板設計を担っているだけではなく、ガイドの役割を果たしている。本来ならばきわめて難易度の高いはずの深圳エコシステムの活用を容易なものへと変えてくれる。

その他、クーデターの話や職場の前で張り込みをする話など、実に密度が濃い。

そうした日本のスタートアップにアドバイスしたいのは、ハードウェアの性能は必要最小限に抑えることだ。主体であるサービス、コンテンツ、ビジネスモデル(いわゆるコト)を実現することに注力するためには、デバイスをきわめてシンプルにするべきである。スタートアップがハードウェアで差別化することは極めて困難だし、大手企業ですらモノ単体では難しいという事実は、日本のエレクトロニクスが苦境に陥っていることから明らかだ。アイディアやサービス、コンテンツ、ビジネスモデルで新規性を打ち出し、デバイスはそれを実現する手段と割り切るべきだろう。

最後のこの提言は、この著者が言うととても重みがある。

そんなわけで、非常に濃密で具体的で実用的でかつとても楽しく読めるこの本は非常におすすめである。

参考までに、過去に工場見学に行ったときの感想へのリンクを貼っておこう。

深圳のエコシステムを理解した上で、うまく活用して良い関係を築いていける人が増えていけばいいと思う。