怒るということ

怒る人と怒らない人ってどっちが怖いだろうか。
言い換えると、
取引先に怒られることと、
取引先に気がつけば切られていることと、
どっちが嫌だろうか。


怒りには、期待とコミュニケーションがある。
ときどきサディスティックな人もいるかもしれないけど
何かに期待して、その期待を裏切られて怒るんだろう。
怒る方も怒られる方も不快になるだけなのに。
怒れば改善されるんじゃないかと、また根拠のない期待をする。
いろいろと期待をしたい動物なんだろうな。
そういういびつな形でもコミュニケーションをとりたいんだろうな。


なんとなく自分が怖いと言われる理由がわかった気がする。
最初は、何を考えてるかわからないという怖さ。
その後、何を考えてるかわかってしまったという怖さ。
怒る人は、我慢強い人だと思う。
嫌いな人とずっと一緒にいられるなんて大人だと思う。
自分の社会性のなさがどんどん露呈されていく。
願わくは、友好的にありたいものです。
ちょっとしつこいな、我ながら。

ノマド1

まだ自分の中でまとまってないけど、考えてることを
書いてみる。断片が少しでもつながればいい。
ライフスタイルにはいろいろあると思うけど、
自分としてはどういうのがいいのかな、と考える。
「遊牧民」というのは、一つのキーワードになりそう。

ラップトップPCとケータイで「武装」し、カフェインとWi-Fiを求めてカフェからカフェへと移動するデジタル遊牧民。ひとは彼らをネット時代の「ベドウィン」と呼ぶ…。

http://toshio.typepad.com/b3_annex/2007/03/post.html

最近見つけたネットノマドというのも気になる。

面白いなと思うのは、別にアーティストではないけれど、ビジネスの仕事をしている人たちが、アーティスト的な振る舞いやコミュニケーションやコラボレーションを日常的にする、と言うスタイル。フリーランスだとそう言う振る舞いをしている人は多いが、別に会社に所属している人だって、社内社外の制約はあるかもしれないが、しかしネットノマド的な仕事をすることが出来るのではないか。これからの日本の活性化に繋がらないか。
 ネットノマドには素早くそして深いコミュニケーションによる相互理解と協調作業が求められる。これはインターネットのコミュニケーションツール、メール、インスタントメッセンジャー、そしてブログのある種の使い方によって実現出来るのではないか、と考えている。現在ブログが注目されているため、逆にどのようなブログの使い方をすれば、ネットノマドのようなワークスタイルを実現出来るか、と言う点から掘り下げていくと、概念構築もしやすいのではないか。

http://www.tarosite.net/2005/06/netnoadjp.html

なんとなく思っていたことを、ちゃんと言葉にしてくれる人はありがたい。
長くなりそうなので、一旦区切る。

ノマド2

大学生のときに衝撃を受けた言葉。

「僕はビル・ゲイツのように500億ドルの資産は持ってないけれど、そこそこの給料を払ってくれる仕事はいくらでもあるから、妻子を養っていける。僕の成功の尺度は、『これは意味があることだなぁ』と感じられることをいつもやっていられること。そしてそれが『楽しいこと』だったらもう最高だ。だから僕にとってLinuxは完璧なんだ」
(シリコンバレー精神:p179 Linuxの創始者が語った「本音」)

そういう価値観があるのかとかなり驚いた。
その後、自転車に乗り始めていろいろとそぎ落とされ、
はてなの近藤さんの影響や、シリコンバレー的価値観の
影響を強く受けて、バックパッカーをしてていろいろと
考えさせられて、ソーシャルアントレプレナーの本を読んだ。
そしてこの記事とポーターの論文である。

このように社会活動を一部の企業広報的に扱うのではなく、自社の戦略の中核に据えていくことの重要性は、今後ますます高まっていくことだろう。皆がうすうす感じている「CSR」の胡散臭さを具体例とともに論理的に指摘し、それに代わって企業が競争に勝ち抜いていくためにやるべきことを明確に示している点が、ポーター教授のすごいところだ。

http://totodaisuke.weblogs.jp/blog/2007/04/csr_8f7d.html

うまくいえないけど、従来とは違った形の何か非常に面白いものが
出てきているんじゃないだろうか。そんな気がするのである。
いろいろなカルチャーを受け入れて、機動力があって
楽しいならそれでいいんじゃないかという価値観で
従来のものを無邪気に破壊していったりするもの。
googleさえもone of themに過ぎない気がする。
もうちょっと考えをつめる必要がありそうだ。

ノマド3

背景として前の二つがあって、遊牧民が面白そうと感じてる。

  1. 徹底した実力主義
    • 指導者は絶対であり能力のある者が話し合いで選出される
    • 農耕民に比べて女性の地位が高い
    • 能力があれば異民族でも受け入れて厚遇する
    • 略奪婚
  2. 人命(人材)の尊重
    • 情報を重視し勝てない相手とは争わない
    • 実際の戦闘はなるべく行わず、指導者間の交渉で解決する
  3. 非完結の社会
    • 社会の維持に非遊牧世界の技術・製品・税を必要とするため領域内に農耕都市を抱え込む
  4. あり様がそのまま武力に直結している
    • 男女を問わず騎馬と騎射に優れる、必然機動性に富む
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8A%E7%89%A7%E6%B0%91

ウィキペディアによると遊牧民にはこういう共通点があるらしい。
ネットノマドへのアナロジーってどんな感じかな、と思った。
能力あれば厚遇する実力主義ってのはいいな。
情報重視、ネゴシエーションというのは、自分がこれまで重視してきたものに
かなり通じるところがある。非常に合理的。
領域内に農耕都市ってのはいまいちピンと来ないな。
ネットではあまり稼げないから、サバイバルできるくらいのスキル、収入源を
ちゃんと用意しておくってことなのかなーと何となく思う。
機動力は、フットワークか。自転車で動き回れることとかかな。
そーとー都合良く解釈しているけど、まあこんな感じ。
価値観としてはこんな感じじゃないかと思ってる。


第一歩としては生活習慣ではないかと何となく思う。
まあやりたい人がやればいいだけで、他人から強制されるものじゃない。
晴れてたら、外に出て、雨降ったら、家にいて
日が上ったらおきて、日が暮れたら帰って寝る。
そういうナチュラルな感じがいいと思う。
仕事柄どうのこうのってのは優先順位の問題だから
この際どうでもいいと思う。そういう意見は。

どこまでアメリカ全般に一般化できるのか分からないが、概してアメリカ人は早起きだ。リップルウッド時代も、ガイジンは時差ぼけからからいつも6時前から起きて皇居の周りをジョギングし、7時からブレックファーストミーティングを入れていた。留学中も、ジムは6時からやっていて、朝一番で一汗流してから授業へ向かうクラスメイトの姿も見受けられた。

http://totodaisuke.weblogs.jp/blog/2007/05/post_208e.html

ここまでやるかどうかは別として、起きたらついったーに一言投げてみる
ってのはなかなか良いと最近思ってる。リアルタイムで他の人が起きてくるのが
見えたりして非常に楽しい。こういう使い方もあるんだなと思った。


ついったー見てればわかるけど、9時過ぎたらヨーグルト食べ始めて
10時くらいにオフラインにして、10時半には寝てる。
遅くても12時過ぎないようにしている。
起きるのはだいたい5時半から6時くらいかな。


朝一でメッセで話をするのは、けっこう楽しい。
でもなんか老後っぽいよなーと思ったりする。
25歳で既に老後かよって思ったりする。
やりたいことをやるとか、そういうのも
老後っぽい気がする。そもそもガツガツギラギラ
しないのは、なんかいまいち若者らしくない。


でも大切なのは何時間やったかではなくて
アウトプットがどうなったかということだし
そもそも目標設定がどうかとかいう話になると
気持ちに余裕がないと何も始まらない気がする。
別にエネルギーがないわけじゃないんだし
フットワーク軽く動けるのであれば、
選択と集中でなんら問題ないような気がする。
やらされてるんじゃなくて、自発的であるとか
柔軟に対応するとか、好きなことをやるとか
ちゃんと楽しめる仕組みなので、良い傾向だろう。


全然まとまりがないけど、近頃こういうことを考えてます。
ネットノマドってこんな感じかなと思って。