軍事とロジスティクス

江畑謙介氏といえば、データに基づく的確な解説をする軍事評論家という印象が強い。そんな人が書いた本なら面白いだろうと思って読んでみた。

ロジスティクス」をオックスフォード辞典で調べると、「多くの人間と装備(装置)が関与する場合に、複雑な作戦(計画)を成功させるために必要とされる実際的な機構(組織)」とされ、「軍」や「後方」にとらわれないかなり広範囲な(漠然とした)概念である。

日本ではロジスティクスというと後方という概念が強いが、現在ではむしろロジスティクスも最前線の一部であって、全然安全な場所じゃないし、非常に重要なポイントだという。

ギリシャの哲学者ソクラテスは、「戦いにおける指揮官の能力を示すものとして戦術が占める割合は僅かなものであり、第一にして最も重要な能力は部下の兵士たちに軍装備をそろえ、糧食を与え続けられる点にある」としている(クセノポンの備忘録より)。

兵站の重要性は昔から重要視されていたことがわかる。

さらにテロリズムの横溢は「無辜の人々」を狙うのを目的とする行為だけに、「前方」よりも「後方」の方が危険になった。

全てが前線になるともはや「後方」という概念はないようだ。中学のときの同級生が自衛隊に入るけど後方支援だからそんなに危なくないよと言っていたのを思い出した。状況は変わったんだな。

湾岸戦争が起こったのは冷戦終了直後(1991年)で、イラク軍も多国籍軍部隊も冷戦当時の補給方式のままだった。つまり、開戦の前に「後方」に膨大な補給物資を集積し(湾岸戦争ではそのために半年を要した)、戦闘部隊の前進は補給が追いつく程度の距離までが限界で、そこに達すると戦闘部隊は一度停止し、前線に近い「後方」に補給物資を移動させ、移動が終わると次の前線作戦を行うという方式である。

こんなに面倒くさいことをしていたとは知らなかった。

弾薬が中心となるところから、この補給物資の備蓄は「アイアン・マウンテン(鉄の山)」と呼ばれた。戦闘部隊の方も、補給を要請したところで本当に到着するか分からないし、大体、補給要請書(連絡)が無事に届いて、的確に処理されたかどうか不安だから、同じ補給物資を何度も要求しがちである。

これは確かに効率の良いロジスティクスが必要だ。

しかし、戦闘部隊と補給部隊の間が情報ネットワークで結ばれ、また補給部隊でもどこに何がどれだけあるか分かるなら、そのような無駄は生じないで済む。

情報ネットワークというのは様々な局面で役に立つのだろうけれども、この分野も非常に役に立つ分野であることに間違いない。

湾岸戦争当時、ペルシャ湾岸地域に送られた四万個のコンテナは、中に何が入っているのかわからないため、現地で一度開封し、中を確認し、また封印して所要の目的地に送り出すという煩雑な作業が繰り返された。12年後のイラク戦争では、各コンテナには内容物、発送地、目的地などの情報を発信する電子タグRFID=Radio Frequency Identificationタグ)が付けられ、外部から内容物や目的地をすぐに知ることができるようになった。1990年代に急速に発達したITの応用が、これを可能にさせた。RFIDタグは、それを付けた物資が今どこにあるかというリアルタイムでの把握を実現させる。すべての物資にRFIDタグを付けるなら、どこにどれだけの量があるか、どこにいつ到着するかが常にわかるようになるだろう。

軍隊のものが民間にやってくるというのはわかるが、この本を読むとその逆も少なくないことがわかる。というよりは民間で普及して価格が一気に下がって、違った使い方ができるようになったみたいな感じだろうか。RFIDがコンテナについていると、コンテナを開けて中身を分けてしまったらそれ以上のトラッキングはできないけれども、十分大きな進歩である。

一般市民が標的になると同時に、防衛力が弱い補給部隊が攻撃の対象とされる。冒頭に述べたように、人間は水や食料の補給がないと生きていけない。そこを突くのだから、これほど効果的な方法はない。そのため、補給物資や人員を運ぶトラックは、自衛手段と対ロケット弾、地雷、IED(Improvised Explosive Device: 手製爆弾)への対応を迫られるようになった。「戦うトラック」の開発と調達は、世界の軍隊で喫緊の課題となっている。

このIEDが思ったより厄介な代物のようだ。あんまり重装備にすると補給の効率が落ちるけど、対策をしないと簡単にトラックは吹き飛ばされてしまう。高性能なものが安くなると、ゲリラ側も軍隊側も強くなるので、なかなか難しいところだなと思った。

新しい技術は新型洋上備蓄船や高速輸送艦、さらには無人輸送システム(ロボット)、超大型飛行船型輸送機、精密パラシュート投下方式などの開発、実用化を可能にさせ、軍事ロジスティクスの方式に大きな変化をもたらすと予想されている。

この本は海上での補給もなかなか詳しく書いてあって面白い。

イラクにおける補給物資の65パーセントは飲料水と燃料である。現地で清潔な飲料水が確保(製造)でき、太陽発電や風力発電などの再生エネルギーの使用が普及すれば、補給輸送に必要な燃料は大幅に削減できる。こうした新しい技術開発によって、軍事ロジスティクスはさらに大きな変化を見せるだろう。

燃料を運ぶよりも現地で発電できてしまった方がいい。でも再生エネルギーの供給はしばらく不安定だろうから、組み合わせて利用することになるのだろう。

このあとに第一章が始まる。非常に内容が盛りだくさんの本だった。そんな情報どっから仕入れてきたんだよみたいなものがたくさん載っていて期待通り読んでいて楽しい本である。技術をどのように応用していくのかという例をたくさん見ることができて良かった。

軍事とロジスティクス

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