中国貧困絶望工場

China priceという英語タイトルがどうしてこうなったといいたくなる日本語タイトルだが、中身は非常に具体的で充実していて面白かった。

本書は転換期の物語であるが、その時代を生き抜いている人々の姿も描いた。宝石工場で働いていたために不治の肺病に侵され、その最後の数年間に賠償金を求めて戦った男の話が出てくる。昔は自分も児童労働者であり、労働酷使の実態を隠すためにウソをつき、今でもウォルマート向けに生産を続けている男も登場する。利益を上げながら、従業員を厚遇する道を模索している工場長の物語もある。

といった具合に、いろんなエピソードが出てくる本である。

「一番の悩みは従業員が短期間でもっと稼ぎたがっていることだ。どこかの工場が残業を認めると、従業員は皆そこに集まってしまう。それほど残業をやりたいのだ。よく言われるよ。「ここには休暇で来たわけではない。カネを稼ぐために来たのだ」とね。残業がなければ、この職場には人がいなくなるだろう」
チャンが工場経営者の友人たちに助けを求めると、従業員と取引先の相反するニーズに対処するために彼ら自身が実施している方法を説明してくれた。まず、ウォルマート対策用にタイムカードを新たにワンセット作成し、本物のタイムカードは別の場所に保管する。従業員にはウォルマートが求めている面接時の答え方を指導する。あるいは別途新工場を立ち上げたという人もいる。この工場はウォルマートの監査を受けたことはないが、とにかく納品用の製品を生産している。要するに、下請け工場という位置づけだ。

この辺りの徹底ぶりがすごい。

「先方の安価な製品が必要なのだ。一方の目を開けながら、もう一方の目を閉じるのが嫌ならば、製品を安く調達することなどできるわけがない」
「法定基準を満たしたいと思うならば、生産コストをここまで引き下げることはできない。だからこそ、大半の工場が二つの工場をもっているのだ。一つは取引先に見せるための工場であり、もう一つは実際に生産する工場だ」

現実問題として仕事を取ってくるために競争力のある価格を提示する必要があり、従業員も残業したいというのが興味深いところ。

国際企業問題担当取締役のベス・ケックは、チャンの「ウォルマートのルールを守っていたらまともな利益は得られず、ビジネス自体が長続きしない」という意見に反論を加える。
「それは確かにそうでしょう。当社との交渉は一筋縄ではいきませんからね。何しろ当社がお客様に可能な限り上質な商品をお届けすることに一生懸命な会社であることは間違いありません。しかしながら、納品業者や製造業者が当社と取引するか否かは、彼らの自由ですよね。条件が合わないのであれば、注文を断る責任というものもあるはずです。要するに、選択肢は先方にあるのですから、そのようなご意見はいかがなものでしょうか」

なんというかマフィアを思わせる発言。まあ工場側もしたたかだろうからこれくらいでちょうどいいのかもしれない。これとは別に労働争議の話も興味深かった。

「労働者関連の案件には政治が絡むので、極めて微妙なさじ加減が問われる。特に、大型の集団訴訟になると余計に厄介になる。通常、弁護士がつかない出稼ぎ労働者は主張しない。本来、裁判官はそういう人々を大いに支援しなければならないはずだ」
実は、小さな都市の裁判官が労働者案件を嫌うのは、訴訟費用が安すぎるからでもある。中国の訴訟費用は国務院が定めており、案件の種類に応じて異なるが、これは裁判官の給与の一部になっているのである。労働案件の訴訟費用はあえて低く抑えられているので、もっと稼げる案件の方に目が向いてしまうのだ。

こんな感じで淡々と説明が続く。

筆者が馬建国と地元の炭坑事務所で初めて面談したとき、自前の炭坑を開く決意について質問すると、彼は筆者のノートに次のような詩を書いて答えた。この詩は彼の創作なのか、それとも、どこからか引用してきたものなのか、まるで見当がつかなかった。
「他人の悩みを気にする奴などいやしない だから泣きごと言っても始まらない
カネのある奴には貸そうとするが カネのない奴は借りられない
雨のとき 傘をくれたらありがたい でもそんな話は滅多にない
うまくやれるし もっとできるのに いつも悪い奴に横取りされる」

この本の良い所はきちんと両サイドの話を聞いている所。仕入れる側である米国企業の話も興味深かった。

「消費者は、倫理的な違反行為を犯しているリスクが低いとされる緑色評価の工場から仕入れた商品にはもっとお金を払ってもよいと思っているのですか?」
「ご存知とは思うが、調査すれば、お客様はイエスとお答えになるだろう。これは間違いない。だが、当社にはわからないことがある。本当にその答えを額面通り受け取ってよいのかどうか確信が持てないのである。何なら、あなたから直接質問してみてはどうか」

個人的に最も衝撃だったのは、従業員の代表を選ぶ選挙のところ。

2004年11月30日、14の生産チームが各自最低2名の候補者を推薦した。選挙運動は候補者による演説だけである。意見をメモに書いたものもいれば、前述の第3回の選挙の光景で見たように、興奮しすぎてほとんど言葉が出ない者もいた。SAIのマーチン・マーはそのときの情景を覚えている。
「彼らは本当に選挙というものをまったく知らなかったのですからね」

世の中に当たり前のことなんてないんだと気づかされた。読み終えて、やはり日本語タイトルが不適切だと感じた。貧困も絶望も書いてあるけれども、その環境から這い上がろうという人々の力強い意思が読み取れるからだ。大きく変化している最中であることが非常に伝わってくる。
今仕事でときどき中国のお客さんから電話がかかってくるし、中国の現地代理人に連絡を取ることも少なからずある。時差がないのはけっこうありがたかったりする。皆わりと協力的で友好的なわけで、中国には様々な側面があることを改めて実感した。その一端を垣間みるには非常に良い本だと思う。

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