なかなかインパクトのある名前が気になって本屋で手にとった。
ガビオタスとは
- 南米コロンビアの不毛な平原に、活動家、技術者、芸術家らがつくったエコ集落
- 画期的な地下水ポンプ、高効率な風車、太陽熱利用など驚くべき環境技術を生みだし、ほぼエネルギーの自給自足と排出量ゼロを達成
というのを見て面白そうだと思って買った本。
奇跡のエコ集落 ガビオタス (単行本(ソフトカバー))
「開発とは」レブレはついに答を言った。「人々を幸せにすることです」みんなは驚いて彼を見た。「道路や工場にお金を使う前に、それが人々の望むことがどうか、確認しなければいけない」
というレブレ神父の言葉の影響を受けたのかどうかよくわからないが、パオロ・ルガーリは、「いずれ世界の人口が増加し、人類はもっとも条件の厳しい土地で生きていく方法を学ばなければならないだろう」と考えたらしい。
「社会的な実験をおこなうとき、だれもが、いちばん楽な、もっとも肥沃な土地を選ぶ。われわれはいちばん大変な土地を選んだ。もしここで可能なら、ほかのどこでも可能だと思ったからだ。」だれも反対しなかったが、あまり期待もしていなかった。リャノスは、リャネーロのミュージシャンたちに、果てしない平原での暮らしのわびしさをうたう歌の題材を提供するくらいしか役に立たないと思われていた。
後付の理屈かどうかはよくわからないけど、すごい場所を選んだもんだと思う。
「イエスかノーか答えてくれ。わずか1メートルしか落差のない川で水力発電が可能な、効率のいいタービンを作ることができる」見知らぬ若者はサップの机に両ひじをつき、ひげを伸ばしたあごを手にのせて、ぐっと身を乗り出した。どこかで見た顔のような気がした。大胆な登場の仕方にもかかわらず、なぜか好感がもてた。サップは口ひげをなでて、一瞬考えた。「イエスだ。でもなぜ?」
そのとき、若者がだれか思いあたった。新聞で見たことのあるパオロ・ルガーリだ。
こんな感じで、自分たちのコミュニティに必要な知識を持つ人々を訪ねたり、引き入れたりしていく行動力がすごい。
学部の掲示板に「ガビオタスは、自分のアイデアを試したいと思っている、冒険心あふれる頭脳を求めている」と言葉巧みなお知らせを貼って訴えた。その報酬は、都市の余剰人口の移住先となる、なにもないサバンナを発展させることに力を貸し、学位を取ること。
「ここには失敗なんてものはない」いつも楽観的なルガーリは、学生たちを励ました。「障害だと思っても、じつはチャンスなんだ」とにかくなんでも試してみよう、リャノスを住みやすくするにはどうしたらいいか、みんなで見つけるんだ、とルガーリは言いつづけた。
お互いにとってメリットがあるようにうまく提案している。互いに興味を持って役立てるようにするという場をつくるのが大事なんだろう。お金をかければいいってものではないし、強制的にやらせるようなものでもない。自発的にベストなものを選んだ結果として、互いにベストなものが得られるように導くことが大切か。
「地元の自然素材で建物をつくるのはたしかにロマンチックだけど、ガチガチの純粋主義はばかげている。それに実用的じゃない。みらいは自然と技術の両方を必要としているんだ。全粒粉のパンからソーラーパネルはつくれない」
このあたりの柔軟さがすごくいいと思った。大切なのは技術を否定する事じゃない。適したものを使えばいいのだから、用途に合わせていろいろ選んでいけばいいのである。
70人のストリートチルドレンが、ガビオタスの工場で訓練を受けた。ホルヘ・サップは、ボゴタの南側に無秩序に広がる居住区、シウダード・ボリバルに技能者チームを送り込んで、貧しい人びとに屋根の上に水耕栽培の畑をつくる方法を教えた。有り余るほどの野菜が収穫できたので、現地の女性協同組合はレタスやキュウリを市の最大手食品チェーンに卸した。
コミュニティの中だけではなく外へも展開していく。物やお金を与えてもその場限りになってしまいがちだが、知識、技能を与えると、その後も活用されて、より大きなリターンになり得ることがわかる。情報が伝わりやすくなってくると、いろいろと可能性が広がりそうな気がした。
タービンはただのタービンじゃなく、システムの一部だ。運河があって、ダムがあって、送電線があってというシステムを国が動かしている場合には、停電になれば電力会社に電話すればいい。でも、電気をつくる責任を国じゃなくて個人に転嫁したのが失敗だった。タービンが悪いわけじゃない。辺鄙なところに水処理プラントを建てるようなもんだ。つかいこなせないんだよ。学校の先生くらいじゃ歯がたたない生物学や化学の専門知識がいるんだから。壊れたら、だれであれ当初の資金を調達した者が、直すもんだと思われている。
自分がファインマン物理を読もうかと思った理由は、この辺と関係しそう。完全に分業にしてしまえば何も考えなくてもいいけど、インフラフリーなことを考えたとき、scienceの基礎的な知識が必要とされる。無人島に住むまでいかなくても、積み重ねられた先人の知恵を使えば、機能不全に陥ったブラックボックスをどうにかできるかもしれない。
ぼくはガビオタスを、"エコなおままごと"とか、パイロット・プロジェクトとか、NGOのおもちゃにはしたくなかった。世界にたいして、生態系を強化する方法を示したかったんだ。
麻薬王とかテロ組織とかが跳梁跋扈する治安最悪なコロンビアで本格的に取り組んでいるこのプロジェクトを、ぬるいお遊びと一緒にされたらたまったものじゃないな。こういう本気なプロジェクトを推進する人は尊敬に値する。
「夢見ることをやめてはいけない」パオロが言った。「夢を見ていないなら、眠っているということだ。ほんとうの危機は資源の欠如ではない。想像力の欠如だよ」
想像力か。結局そこなんだなと思った。今の自分に当てはめるとどんな絵が描けるだろうか。過渡期にはいろいろなことがあるだろうけど、定常状態としてどんな可能性が考えられるか。それと関わっていく自分が今どんな行動を取るか。Factベースで土台を固めて、いくつかシナリオを考えてみることも必要な気がする。どうせ先のことなんてわからないから、かっちりとする必要はないけど、こんな感じというもの改めて考えてみることにしよう。