なぜシンガポールで知財を学ぶのか

こういうことは勢いで書いてしまった方がいいと思った。あとで恥ずかしく思うか、そうでもないか、はよくわからないけど、とりあえず書いてみる。自分がなぜここに来たか、その選択について今どう思っているかは大切なことだから。
シンガポールの大学教育はコストパフォーマンスがよさげだとなんとなく思っていた。そして生活コストは低そうだとも。娯楽が全然ないから勉強に集中できるんじゃないかという予想もまあ大体合ってた。Intellectual Propertyで検索して引っかかったのが英国とシンガポールの大学で、まあシンガポールの方が面白そうという理由で選んだが、悪くない選択だと思う。大学に全然日本人がいないのも良い。
シンガポールの知的財産政策で興味深いと思ったのは、特許の審査を(オーストラリアなどに)外注しているところ。日本の特許庁を見ていると、審査基準をきっちり提示して審査こそが他国とdifferenciateする部分という感じで力を入れているのだが、そこをアウトソースしていることに驚いた。それでは何に力を入れているんだ?というのが非常に気になったというのは、ここに来た理由の一つである。少しずつ見えてきたこととして、この国自体の歴史が浅く、知的財産法の歴史も浅く、止むに止まれず外注したという側面がある。でも外注できるということは、法律自体、そしてその運用が共通しているとも言える。シンガポールの法律の大半は、英国法をベースにしており、それはその他の元英国連邦とも共通している。そして、知的財産法に関しては、米国とのFTA(自由貿易協定)により相互運用性が高まっている(そもそも両方英語だし)。歴史がない分、余計なこだわりがなく、標準化に対して非常に柔軟な印象を受けている。もし世界共通の知財法ができたとしたら、シンガポールの知財法に近いものになるような気がした。法律の分野のleapfrogと呼べるかもしれない。発展途上国で固定電話を経ずに携帯電話が普及したように、他国の法律のいいとこ取りをしながら、議論を借りてきて標準化していくのなら非常に興味深い。
そんな感じでこの国のシステムに興味を持ったのは事実だけど、メインではないな。そもそも自分が関心を持っているのは、いかにしてResearch & Developmentを加速させるか。世界中にたくさん研究者がいて、面白いものが次から次へを出てくる世の中が非常に楽しそうなので、その方向に押し進めていきたいと思っている。技術の発展でよろしくない影響がという人もいるけど、そんなことには興味はない。興味ある人がやればいいかと。自分が研究者になることも考えたけど、自分が所属していた研究室にお金がなかったので、なんで研究にお金が回ってこないのかと考えるようになった。そして、研究がお金に結びついている特許に興味を持った。特許に関わる仕事を数年やってわかったことは、稀にお金になる特許があり、それでライセンス収入を稼ぐ会社があるということ。大半の会社では、特許を出すのにかかったコストすら回収できてないんだろう。
研究にお金が回るようにするには、ファンドレイジングして国や財団から引っ張ってくるか、研究、開発、製品販売までやってお金を稼いで研究にフィードバックするか、特許で稼いだお金を研究資金にするか、あたりなんだろうな。でも他にオプションがあってもいいんじゃないかと思った。そのヒントがあるんじゃないかと思って、アジアの金融の中心地であるシンガポールに来てみた。これについてはまだ全然見えてこない。研究にかかるコスト自体を下げましょうということで、frugal innovationが流行り始めていて、R&Dのコモディティ化の到来を感じるが先は見えない。
特許が必要なのかという話にも触れておこう。会社を辞めたのでニュートラルな立場から意見が言えてうれしい。個人的な見解だが、次から次へと面白いものが出てくる世の中になるのなら正直どっちでもいい。特許というものが、製品化の前段階でお金を稼ぐ有効なツールであるのなら必要だと思うし、そうでないなら不要だ。研究分野や研究テーマを証券化して直接投資なんて実験があれば面白そうだがまだなんとも言えない。
そろそろまとめよう。シンガポールの知的財産制度は歴史が浅く、英国(EU)、米国に近く、条約に準拠してこだわり少なめなので、来るべき?標準化の時代に有利であることが予想される。R&Dがコストの低下とともにインド、中国にシフトしてくると、地理的にその間の位置するシンガポールの利用価値は高まりそう。そして、アジアの金融の中心地がR&Dと結びついたとき、面白いものがいろいろ出てくると個人的に期待している。現段階で取り立てて何かあるわけではないけれど、ある種のフロンティアになり得る場所だと思っているので、今ここにいる。そこでどう関わるかはまた別のお話。