前回の続き。大切なのはリソースの配分だけではない。
厳格で統制のとれたかたちでグローカリゼーションに集中することは、リバース・イノベーションにとっては克服しがたい障壁となる。
グローカリゼーション、すなわち先進国で開発した商品を少しカスタマイズする程度で世界中に売ることに成功している会社では、その成功自体がリバース・イノベーションの障壁となる。まあ本当にうまくいっていて、将来的にも見通しが明るいのであれば、リバース・イノベーション自体不要な気がする。
多国籍企業は、技術、世界的なブランド、世界中の拠点、既存顧客との関係、流通チャネル、供給ネットワーク、製造能力などの親会社の巨大な資源を、LGT(Local Growth Team)が活用できるようにするだけで、ローカルな競合の大きな長所を相殺してしまう可能性がある。
そうした資産は、新興国市場の競合他者にとっては、夢見るだけで手に入らないものだ。LGTは独特な存在で権限も与えられる必要があるが、孤立してはいけない。
この辺りを読んだとき、主に多国籍企業の人を対象にした本なのだと思った。多国籍企業のリソースを最大限に活用すれば、新興国の企業を圧倒できる。多国籍企業のネットワークを活かした戦い方にフォーカスしているのは非常に興味深いところである。
LGTのリーダーには、計画に対する結果ではなく、学習について説明責任を負わせることが重要である。リバース・イノベーションは不確実性が高いので、リーダーに計画の実行や短期的な財務指標の値について説明責任を負わせることは、公平でも現実的でもない。
最も重要な質問は次のとおりだ。リーダーは統制のとれた実験を行ったか。チームは可能な限り迅速に、低コストで学習したか。明らかになった教訓に基づいて、分別ある意思決定を行ったか。そして最後に、実行可能な戦略を立てる過程で、どのくらい重要な仮説の解決や精緻化を図ったか。
LGTチームに通常の評価が適していないというのはわかるが、その代わりに何を評価の対象にするかが悩ましいところ。そこで効率よく学習したかどうかという評価軸を持ってきたところが非常に興味深い。
最後に、完全なカニバリゼーションはめったに起こらない。なぜなら、リバース・イノベーションは通常、既存製品の性能や機能を完全にカバーするわけではないからだ。一般的に言って、新旧が共存できる余地がある。
そして一般的な懸念事項であるカニバリゼーション。めったに起こらないというのは、以下の実例を見るとわかりやすいかもしれない。
ロジテックの中国進出の際の話は、マウスのニーズに対する興味深い事例と言えるだろう。これを読むと、企業が文化人類学者に目をつけ始めた理由がよくわかる。
第一に、中国の都市部の人口密度は非常に高い。アパートの隣の部屋のマウスの干渉を受けて、自分のマウスからの信号が妨害され、動きが遅くなったり、止まったりした。そのため都市部の環境では、強い遮蔽性は贅沢なオプションではなく必須条件だった。
中国のユーザーはノートパソコンをテレビにつないで、ダウンロードした映画やテレビ番組を見る。ソファーに座ってテレビのリモコンとして使うためには、十分な範囲を持つマウスが必要だった。
こういうのってよく観察していないと見えてこないものだと思う。
私たちはいまでは、世の中が変化していることを認識していると自負しています。私たちは<iPad>のようなものを見て、『iPadはおそらく、そこらじゅうのノートパソコンに取って代わるだろう。私たちの事業にも途方もなく大きな影響が及びそうだ』と言います。ただそこに座って、『いやいや、そんなことは起こってほしくないから起こらないよ』などとは言っていられません
What can be done will be done.とはよくいったもので、幸か不幸かいろいろなことが起きてしまう時代なんだろうなと思う。そんななかP&Gの取り組みも面白かった。
製品を設計する前に、パッケージ・デザイン、強いコンセプト、商標名ができており、プロトタイピング、製品開発、技術開発は後から行いました。これは完全にP&Gらしくないやり方です。当社の研究開発ではまったくの異例と言ってもいいでしょう。通常とは逆さまだったのです。
ニーズが異なる国で戦っていくために、大胆な変更が必要だったのだろう。
メキシコの女性は新興国市場の多くの女性と同じように、(富裕国とは)異なる生活状況に直面しており、そのことが女性用ケア用品に影響を及ぼしているということだった。特に次のような状況である。
- 公共の交通機関を使った長時間の通勤に耐えなくてはならない場合が多い。
- 衛生的な公共トイレにはなかなか行けない。
- 先進国で消費者が享受している類いのプライバシーが守られない、小さな家やアパートで暮らしていることが多い。数人の家族が同じベッドで眠ることも珍しくはなかった。
これだけ状況が異なると、社内で常識とされていたことが常識ではなくなってくる。
実はドライメッシュ技術は、P&Gが主要な特許を保有している優れた特徴であり、<オールウェイズ>のこれまでの成功に寄与してきた。過去の栄光にこれほどまでに反するフィードバックを、無視したくなったに違いない。
社内の他の人々が、ドライメッシュの表面シートという競争優位に背を向けることは、会社に対する冒涜だと考えたのは無理もないことだった。
特許を保有している技術ありきではなく、ニーズのあるところという根本に立ち返るのが大切なんだな。当たり前のことだけれども、既にあるものをあえて使わないという決断をするのは並大抵のことではない気がする。
LGTは、営業担当者、グラフィック・デザイナー、広告代理店との関係を含めて、P&Gの有する多様な資源を見てまわったり、活用したりすることができた。さらに、チームはカナダにある遊休生産ラインを使いたいと要請した。「真新しい技術の開発は求められていませんでした。そこで、時代遅れと見なされていた古い設備をいくつか見つけて、それを利用することにしました」。
これを見て思ったのは、ある程度リソースにゆとりがある方がうまくいくのかもしれないということ。遊休生産ラインなど本来ない方がいいんだろうし、無理にそんな遊びをつくる必要はないけれども、結果的にできてしまったそんなゆとりを有効活用している気がする。大きくなって細かいところまでカチカチに切り詰められない多国籍企業ならではの利点なのかもしれない。
それからインドのトラクターの話も興味深い。
ディアはもちろん、小型トラクターがインド市場で優勢なことを、能く理解していただろう。それでも、インドの農業がアメリカと基本的に同じ方向で進化すると信じ込んでいたことが、つまずきのもとになった。
やはり何かがおかしいと気づくことから始まるのだろう。
ディア率いるローカルのマーケティング・チームは、カノイの調査員と一緒に農村をまわり、インタビュー、フォーカスグループ、直接的な観察を通してフィールド調査の専門知識を深めていった。
ここでも文化人類学者的なアプローチによる綿密な調査が必要となる。
アメリカの万能トラクターは一般的に、年間150時間以上も使用しない。インドの習慣では朝から晩まで農作業が行われ、トラクターの使用時間はアメリカの10倍を軽く超える可能性があったが、そうした過酷なしように耐えられる設計ではなかった。
まったく別の方向に進化する必要があるという例。
マイティは、発売予定日の前に<クリシュ>の作業が完了するか、確信を持てずにいた。そこで万一に備えて、従来のクラッチ設計の開発を並行して進め始めた。
その後、この判断が正しかったことが明らかになった。<クリシュ>の発売を遅らせないために、従来のクラッチに置き換えることを決定したが、新しいクラッチの開発も独自のスケジュールで続行させた。それは将来的に重要な改善となるだろう。
ここでも思ったが、予算をぎりぎりまで切り詰めるのではなく、保険をかけるべきところにはきちんと保険をかけている。
さらに、価格の透明性を徹底させるという、急進的な行動もとった。ゼネラル・モーターズ傘下のサターン・モーターズがアメリカ市場で数年前に行ったように、ディアは<クリシュ>の販売価格を公表した。ディーラーとの交渉をなくし、顧客が価格面で疑いを持つことはなくなり、同じトラクターを買うために他のディーラーを捜す必要もない。
これもなかなか大胆だな。
一般論として、インドで勝つためには、都市部の市場には10%、地方の市場には1%のソリューションが必要です。西洋では100ドルで販売されている製品であれば、インドの都市部では10ドル、農村部では1ドルを実現させなくてはなりません。
これだけ価格帯が違うとなると、機能のほとんどを削って一部に特化しなければならないわけで、先に価格を決めてしまうというのはなかなか理にかなったやり方だと思った。
この他、医療に関する取り組みも視点が違うというか、そこまでやるのかというレベルまで見ていて興味深い。
ファーマーは患者の生活のあらゆる側面を調べ上げた。治療の際に、医学以外のあらゆる側面を調べ上げた。治療の際に、医学以外の部分のどこから複雑さが生じているか。診療所への往復の交通費を払うことができるか。食事をとり、きれいな水を飲んでいるか。生活状態は衛生的か。生活上のストレスの原因となっているものは何か。収入の当てはあるか。気分は落ち込んでいないか。治療が効くと思っているか、それとも信用していないのか。家には患者以外の人が暮らしているか。その人々の健康状態はどうか。
最後にまとめとして、これは慈善事業ではなくビジネスそのものなのだと強調している。
企業がやるべきこととは、満たされていないニーズを特定し、イノベーションに取り組み、競争し、成長することに他ならない。一部の経営陣と研究者は、貧困層の暮らしを改善する努力への企業の参加を説明するために、社会的イノベーション、包括的イノベーション、包括的成長などの用語を駆使しているが、私たちは別の言い方を提案したい。ただ「ビジネス」と呼ぼうではないか。それこそが最高のビジネスである。
世界の貧困者はれっきとした関連顧客であり、最も急速に成長している顧客セグメントに相当する。彼らのニーズを満たすためには、革新的なソリューションを拡大していかなければならないが、それを熟知しているのは多国籍企業である。300ドルの家と居住者へのサービスは、何億ドルもの利益がからむ巨大なビジネスチャンスである。
最初にこの本を紹介した記事のコメント欄で紹介いただいた音声の以下の部分が非常によくまとまっていた。
It is the art of using the insights and cleverness of the developing world to devise products that can build new markets in among the poor and also make an impact back at home.
BBC Radio 4 - In Business, Frugal Feast
FrugalといいながらReverseの側面もしっかりと予見していたのだと思った。鮭が海で成長してから川を上って来るようなReverse Inovationというのは、今後ますます大きな動きになっていくのだろうと感じさせる本だった。