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カラシニコフ

3Dプリンタで銃を製造できるという話を聞いたとき、そもそも銃ってどんな構造なんだろうと思い、世界中に出回っている銃であるAK47カラシニコフのことが気になった。そういえばそんな本があったなと思い、買って読んだところ非常に面白かった。

旧ソ連軍の設計技師ミハイル・カラシニコフが1947年に開発した自動小銃。今も現役で使用されている。

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「AK」は、ロシア語の「アフタマート・カラシニコワ」(カラシニコフ自動小銃)の頭文字。口径7.62ミリで30発入りの弾倉を装着できる。故障が少なく手入れが簡単なため、未熟な兵士にも取り扱いが容易。途上国で人気が高い。

AK47とはそういう意味だったのかと初めて知った。この本は西アフリカ・シエラレオネAK47元ユーザーへのインタビューから始まる。

町や村を襲ったとき、住民が逃げてしまった家に泊まる。そんなときに銃の手入れをした。AKは分解しても部品が8個にしかならず、扱いは簡単だった。

ポリ袋を切り開いて床に広げ、その上で銃を分解する。油をしませた布でガスシリンダーと薬室をふく。組み立てる。それで終了だ。分解に2分、掃除に10分、組み立てに3分。全部で15分しかかからなかった。

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AK47は、機関部に多少のゴミや火薬かすが残っていても支障なく作動するように設計されている。それが、未熟な子ども兵にも銃の操作を容易にした。逆に、そんなAK47があったからこそ子ども兵が生まれたともいえる。モザンビークソマリア、コンゴ、スーダン……。子ども兵が生まれた国の銃はたいていAKだった。

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「10歳前後の子どもたちは、感情を抑えるとか欲望を我慢するといった自己抑制の訓練が十分ではありません。銃という力を手に入れると、自分には強大な権力があると思い込む。わがまま勝手に振るまい、気まぐれに暴力を振るうようになる。目つきが気にくわないなどというだけの理由でかんたんに引き金を引き、命を奪う。血が飛ぶのを目の当たりにするとブレーキが利かなくなってしまう」

こうしてAK47と子ども兵が繋がっていくのだな。そこまでシンプルな構造だったとは知らなかった。この銃を設計したカラシニコフ氏に著者が会いにいく第2章はとりわけ面白かった。

AK47を設計したミハイル・カラシニコフは、84歳のいまもロシアで健在だった。

モスクワから東へ約1000キロ、ジェット旅客機で2時間の距離にイジェフスクという町がある。ウラル山脈に近い、ロシア最大の軍事産業都市だ。その町はずれの「カラシニコフ博物館」に、彼は黒い毛皮の帽子、厚手の革コートという姿で現れた。外は雪で、気温はマイナス10度ぐらいだった。

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「そういう話は私も聞いている。悲しいことだ。だが、それは銃を管理する者の問題ではないか。米国のM16やベルギーのFALが流出することだってある。私はナチスドイツから母国を守るため、よりすぐれた銃をつくろうとしただけだ」

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「このままではドイツに負けてしまう。仲間が大勢殺される。それを防がなければならない。まっすぐそう信じ込んでいた。私は銃に関しては素人で、学歴もなかった。そんな人間の設計が採用されるかどうかなどということを、考えもしなかった」

このように別の視点から物事を見てみるというのは非常に大切なことだと思った。

当時、武器アカデミーの銃器部門はトカレフ、シモノフ、スダレフといった銃設計の最高峰が指導にあたっていた。カラシニコフの試作品は欠点だらけで採用にはならなかったが、トカレフから「この男は見込みがある」という評価を受ける。軍への推薦状をもらい、翌43年、晴れてアカデミーのメンバーになった。

トカレフって人名だったとは知らなかった。

「機械の中でも自動のものに強くひかれた。どうしてそう動くのか、知りたくてたまらなかった」

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自動小銃の最大の問題は、薬室の弾詰まり、ジャミングだった。

銃身のいちばん後部、弾が装填されて火薬が爆発する部分が薬室だ。ここにゴミが入ったり、薬莢の破片がこびりついて残ったりすると、次の弾がつかえて詰まってしまう。そうなると銃は動かない。

課題があって、

開発を指導したトカレフは、ゴミが機関部に入り込まないよう、より精密に設計することを求めた。

「すき間に蚊のくちばしも入らないようにしろ、というのが彼の口癖だったよ」

しかしカラシニコフは逆のことを考えた。

「私はすき間を大きく取ろうとした。機関部では部品が猛烈なスピードで動いている。部品同士をきっちり組み合わせてしまうより、動く部品の周囲に遊びのスペースを取ったほうがいいのではないかとおもったんだ」

従来では想像もつかない解決策がある。技術的観点から見て非常に興味深い。

「要するに、部品をスカスカにしたんだ。ゴミや火薬かすがこびりついても、これなら動く」

当時のソ連には、字の読めない兵士がまだ多かった。粗野で無教育な彼らにも使いこなせる銃でなければならない。それがカラシニコフの哲学だった。

銃に限らず、ユニバーサルデザインという視点でみても非常に興味深い事例だろう。

AK47のスライド部分は鋼鉄製でずっしり重い。500グラムと、米国製M16自動小銃スライドの倍の重量がある。その重さが、変形した弾丸も造作なく薬室に押し込んでしまったのだ。

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「そのかわり、他の部品の重さを削るのにどれだけ苦労したことか」

撃針を戻すのに、ふつうはスプリングを使う。カラシニコフはそのスプリングまで外してしまった。撃針はボルトの中でつねにふらふら動いている状態だ。その「重さを減らす工夫」が部品を少なくすることにもつながり、故障が減った。

様々な工夫のなされた銃だということがよくわかる。

猟銃は単価が高く、一丁が1000ドル、2000ドルするのはざらだ。しかし大量生産される自動小銃は単価が安く、工場渡し価格が150ドル前後だ。AKは正価でも120ドルである。単価が小さいため利益は小さい。銃などの小型兵器だけ扱っていたのでは、業者はもうけにならないのだ。

具体的に金額が出てくるところがいい。確かに安い。

私はニューリッチじゃない。年寄りが生きていけるだけの広さがあればいい。私が開発した自動小銃が、ロシアだけでなく、海外からも高く評価されている。金などなくても、私はそれで十分だ」

これはこれで非常にかっこいい生き方だと思った。舞台はアフリカ諸国に移る。

私たちの護衛7人の武器はすべてカラシニコフ銃だった。AK47が3人、改良型のAKMが4人だ。腰のベルトには予備の弾倉2個と大型の拳銃を下げている。みんな自前ということだった。

ソマリアで普通に使われているというのは興味深い。

銃を提出した民兵には学校教育を受けさせ、月34ドルの奨学金を出す。読み書きと算数の基礎教育を4ヶ月。職業教育を4ヶ月、というコースだ。職業教育の科目は機械、大工、車修理、板金、漁業、裁縫など12種類にのぼる。修了した生徒には民間の企業で4ヶ月のインターンをさせ、企業側と条件が合えばそこに就職をあっせんする。

少しずつこういう試みも行われているとのこと。

「銃を持っていると、たいていの人間は自分がえらくなったように思い込む。ばからしいことだが本当だ。ここにきて、それがばからしいことだとやっと分った」

こういう感覚っていうのはあるんだろうな。銃を金に代えても当てはまりそうな言葉。

護衛のジャマルによると、国連の武器禁輸措置で、弾薬が手に入りにくくなったためだという。

「AKの弾はイエメン経由で少しは入ってくるが、それでも一発25セントもする。M16の弾は75セントだ。引き金を引けば銃口からドルが飛び出していくような感じだ。おかげで派手な打ち合いが減った」

こういう経済的な理由で少し打ち合いが収まるというのは面白い。あとはなんといってもソマリランド

国際社会からはいまも承認されていないが、「ソマリランド共和国」の人々は独力で銃を抑え込んでしまった。5万丁といわれた武装民兵の銃はいま、完全に政府の管理かに置かれている。

5万もの大量の銃をどう回収したのか。

「内相」のイスマイル・アデル[48]は「民兵を、銃ごと軍と警察に吸収してしまったのだ」といった。軍に1万人、警察に5000人、刑務所看守に5000人。残り3万人は武器を軍に渡して民間に戻る、というものだった。

ソマリア人はもともと遊牧民でマッチョな気質だ。銃を体の一部だと思っている。手放すことに抵抗は強かった。しかし最後には、部族の長老たちの説得が効いた」

ここまでできてしまうのはすごい。

「国家が崩壊した苦しさは、戦乱を生きてきた私たちにはよく分かります。だからこそ私たちは、銃などで壊れない国家をつくりたいのです」

あとがきより

取材を通じて、治安と教育というふたつの点に注目すればその国家の「失敗度」が見えることに気がつきました。判断のポイントは「兵士と教師の給料がきちんと払えているかどうか」誰にも分かる基準です。 

カラシニコフという銃がどんな経緯で生まれたどんな銃なのか、ということを詳しく知ることができて良かった。それだけでなく、この銃が人々にどのような影響を与えているか、銃を回収する試みがあるということ、銃を抑え込んだソマリランドという国があるということなど、AK47をとりまく様々な動きを知ることができて良かった。

新聞記者のやや説教臭い感じが見え隠れするし、後半のアフリカ話はあまりカラシニコフと関係ないような気がするけれども、全体としてきちんと現地での取材に基づく話が盛りだくさんで素晴らしい。とりわけこの銃の開発者であるカラシニコフ氏と会って話をしているところが非常に面白かった。

 

カラシニコフ I (朝日文庫)

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