ハードウェアハッカー 全体の感想

多岐にわたる分野をカバーしたこの本「ハードウェアハッカー」を読み終えてまず思ったのは、これはハードウェア版のリチャード・ストールマンの物語だということだ。著者のバニー・ファンはストールマンよりずっと若いし、あんなに頑なな態度を取らないかもしれないし、とんでもなく優秀でそんな枠には収まりきらないのも事実ではある。しかし、自由というものを極めて重視し、信念を貫いて様々なハードルを乗り越えながらハッカーとして技術も法律もハックしていく姿勢は非常に重なるものがある。どちらも願いはとてもシンプルなのだ。ソフトウェアは自由であるべきだとか、ハードウェアは自由であるべきだとか。現代においてそれを実践することは並々ならぬものだとこの本を読めばよくわかる。

この本は四部構成になっており、第一部では中国でのハードウェアの量産について非常に詳しく書いてある。そこで作っているのはあのchumbyだ。好きなようにハードウェアもソフトウェアもハックできるオープンなおもちゃだ。無論他にもいろいろと理由はあるのだろうけれども、自由なおもちゃを多くの人に届けたいという気持ちがあったのだろう。手頃な価格でものをたくさん作るという量産の泥臭いところがこれでもかというくらい書いてある。工場には工場の言い分があり、彼らも無能ではないので彼らなりの理屈で合理的に動いていて、それを一つ一つ解き明かしていくその様子は実に興味深い。

第二部では中国の知的財産に切り込んでいく。西洋の価値観に染まっていると一見無法地帯に見えるが、深圳の山寨エコシステムという大きなくくりの中で情報を共有したり工場の宣伝をするという世界が出来上がっている。山寨パテントプールと呼ぶのは多少語弊があるかもしれないが、西洋のオープンソースとはまた違った仕組みが機能していることをここでは詳しく教えてくれる。ガチガチに権利関係を固められた西洋的な知的財産制度ではなく、もっとユーザーに自由を与えたハードウェアの可能性を模索している。一方で、後半のニセモノの話では推理小説を読んでいるような気分にさせられる。例えば同じ工場で同じ人と同じ機械により作られたもので、一方は正規品でもう一方がゴーストシフトと呼ばれる工場の小遣い稼ぎのために余った材料で別の時間帯に作られたものだとしたらそれは見分けられるのか。

第三部では具体的にバニーが取り組んだオープンハードウェアプロジェクトについて書いている。ムーアの法則が全盛の時代では小規模の会社が一生懸命頑張っているうちに製品が性能的にすぐに時代遅れになってしまうが、様々な理由によりムーアの法則が減速し始めた現在では、小規模な会社でも戦える余地が出てきたとのこと。そこで語られるオープンなラップトップであるNovena(ちなみにバニーはシンガポール在住である)やシールのように剥がしてくっつけられる電子回路であるChibitronicsの話はとても具体的であり、試行錯誤の過程が実に詳細に記されている。

最後の第四部はハッカーという視点と題してハードウェアハッカー・バニーが本気を出してきた感じが凄まじい。もちろん第一部から第三部までも非常に面白く有益なのだが、第四部のハードウェア・ハッキングのドライブ感が圧倒的なのである。SDカードのマイクロコントローラをリバースエンジニアリングするって、ちょっと何言ってるんだと言いたくなる話が出てきたり、NeTVというプロジェクトではDMCAに触れずに(暗号化されたビデオを復号することなく)暗号化されたビデオとユーザー生成コンテンツの重ね合わせに成功している。そしてどれも非常に楽しそうにやっているのが印象的である。続いてバイオインフォマティクスというこれまでとちょっと毛色の違う話が始まるが、これはバニーが自分の専門分野以外でもオープンコミュニティの知恵を使って、関心ある分野に切り込んでいく例と言えるだろう。

この他二本のインタビューが入った実に盛り沢山な本である。訳者の高須さんのまえがきも監訳者の山形さんのあとがきもとても熱い。

「ハックできないならそれは自分のモノとは言えない」という力強い言葉を言い放ち、圧倒的な好奇心とバイタリティで実践していくバニー・ファンの強さを本書全体から感じるが、それと同時にみんなオープンなガジェットで一緒に遊ぼうよとハードウェアハッカーの道に誘っているようにも見える。権利というのは行使しないとなくなってしまうわけで、エンジニアとしてリバースエンジニアリングする権利を行使し続けているバニーだが、こんなハッカーカルチャーが広がって、みんなが自由にハードウェアをハックできる未来を見ているのかもしれない。

訳者と監訳者のディープなトークイベントが11月30日(金) に東京で開催されるので興味ある人は是非。

『ハードウェアハッカー』刊行記念トークイベント開催~当日枠若干あり:トピックス|技術評論社

ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険

ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険