昨年末に深圳で見た映画「創客兄弟」は非常に面白く、見た翌日に華強北に聖地巡礼に行くくらい楽しめたのだが、仕事の関係上、特許侵害訴訟に関する部分でどうしても引っかかるところがあり、野暮とは承知しつつも思ったことを書き残しておくことにする。映画の詳細はこちらのサイトが詳しい。https://diamond.jp/articles/-/225511
そもそも特許侵害訴訟とは、特許を持っている人(特許権者)が、特許に規定された範囲内の技術を許可なく使用する人(侵害者)に対して、止めるように訴える訴訟である。
基本的な流れとしては、特許権者がCease and Desist letterという停止通告書を侵害者に送付し、それに対して侵害者がなんらかの応答をするところから始まる。このような停止通告書を受け取ったとき、一般に「ごねる」「つぶす」「もらう」という3つの対応が考えられる。この3つの対応のどれも無理だった場合、諦めて言われた通りにするという流れになる。
まず、「ごねる」とはどういうことかというと、そんな技術を使ってないと主張することである。より具体的に言えば、特許文書において規定されている技術と、実際に製造販売している製品に使用されている技術とを比較して、製品では別の技術を使っていて特許文書に書いてあるような技術は使ってないと主張することである。特許の内容をよく知り、製品の内容をよく知り、違いを明確に論理的に主張すればいい。
続いて、「つぶす」とはどういうことか。その前に特許とは何かを簡単に説明しておこう。特許を出願した時点で世の中にない新しい技術を公開する代わりに20年間の独占権が与えられるシステムである。一応審査官により、世の中にない新しい技術かどうかの審査が行われるが、もちろん審査は完璧ではないので、誤って特許になるものもある。そこでその特許が世の中にない新しい技術じゃないのに誤って特許になったものだと主張して、特許を「つぶす」のが次のアプローチである。そのためには、特許を出願した時点よりも古い文献の中から特許の内容が書いてあるものを探し出し、その技術が既に世の中にあったと証明する必要がある。
最後に「もらう」というのは、特許をお金で買い取るとか、特許を持っている会社をまるごと買い取るとか、そういうこと。財力があって、製造販売を止めたくなかったらこういう手段もあるということ。
さて、創客兄弟であるが、いろいろ謎が多い。
弁護士から林社長にレターが届くわけだが、そもそも開発中の外に出していないロボットに対して、なぜ特許侵害と言えるのか謎である。通常、こういうレターは既に市場に出回っている製品を分解して証拠をつかみ、それを根拠に送ってくるものである。どこから情報を入手して来たのだろうか。牛肉火鍋のシーンでSNSのモーメントに写真をアップロードしたという話が出てくるが、そんなちょっと公開された写真で特許侵害を立証できるほど楽じゃないよと言いたくなった。
次に、主人公許開は、林社長からもらったレターの情報から先方と連絡を取り、穏便に解決しようと提案して拒絶される。このとき上の「もらう」アプローチも提案している。翌朝林社長が許開のところに怒鳴り込んできて、許開が個人的にやったら商業賄賂じゃないかと懸念を示す。これは中国特有の話なのでよくわからないが、なぜ特許を買い取ると商業賄賂なんだろうか。不正競争行為は特に見当たらないような気がする。
そして林社長はプロジェクトの停止とチームの解散を宣言する。続いて牛肉火鍋のシーンで許開がチームメンバーに解散を宣言する。ラボに戻って、許開は、このロボットには様々な独自開発の技術が含まれているとChristinaに話し、特許について確認してくれとChristinaに頼む。火鍋食べる前に、相手方にメール出す前に、まず特許読もうよ、なんで今さら読んでるのと言いたくなった。相手方の特許の中身を一切読まず、そもそも存在自体も確認せず、これまで何をやってたのと言いたくなる。
このあとChristinaがファイルを持って行ったり来たりしていろいろ検討しているが、このシーンが最も謎だった。君たちは一体何をしているのか。相手方の特許の中身を知るには、黙って座って書類を読み込む以外にすることないじゃないか。
Christinaは中国特許庁のサイトを確認し、その特許が実在すること、そして19自由度のサーボステアリング技術を使っているし、ちょっと古い技術を使っていると確認する。それを聞いて即座に許開は特許の技術が自分たちのロボットに使われている技術と異なることを理解し、ホッとして倒れ込む。Christinaが特許を読み終えるまで許開が何をしていたのか謎すぎた。
さて裁判だが、原告は被告に対し、侵害行為を停止して、賠償金1000万ドルを支払えと主張。結局認められなかったがこの賠償金の金額が謎すぎた。損害賠償の算定方法はいくつかある。
1.被告の行為により原告の製品の売上台数低下による損害
2.被告の行為により被告が得た利益
3.実施料相当額
大体この3パターンあるのだが、本件ではまだ開発中で一台も販売していないロボットなので、仮に原告の製品があったとしても売上台数に影響なんて出ないし、被告は何も利益を得ていないし、実施料という段階でもないので、どう計算しても損害はゼロにしかならない。一体どこから1000万ドルが出てくるのか。スラップ訴訟だろうか。
一方被告である許開は、中国はもはやコピーキャットではない、華強北は最先端だという名演説をするわけだが、これ特許訴訟と何の関係があるんだろう。華強北だからコピーしているなんて先入観はもうやめてくれ、というメッセージなのだろうか。
といったところだろうか。野暮なことを長々と書いたが、要するに許開はさっさと特許を読め、というのが結論かもしれない。(いくつか聖地巡礼写真を貼ったが特に意味はない。)